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織田さんとの別れ

 文禄が大地震が頻発して縁起が悪いとされ、年号は慶長に変わった。

 そしてスペインのガレオン船であるサン・フェリペ号は、江戸幕府がお金を出して修理して、完了するまでは船員たちは土佐藩の長浜の町に留まってもらった。


 彼らはある程度日本の文化に慣れて状況が落ち着いたら、外出許可証を発行してもらい、長浜の町のあちこちを観光したらしい。


 ちなみに前に長崎の平戸島に外国船が来航したときは、今は鎖国中ということで即お帰りいただいたが、今回は破損があまりにも酷くて航行不能だったので、仕方なく面倒を見た形だ。




 もちろん完全に善意の協力というわけではなく、今の時代の外国船舶の技術が、どの程度の水準に達しているかを知る、良い機会と考えた。

 そこで藩の技術職や知恵者が大勢集まり、実際にバラして修理したり、外国の船乗りと意見交換をしたが、残念ながら目ぼしい収穫はなかったらしい。


 ちなみにサン・フェリペ号の乗員には宣教師が混ざっていたようで、うちは信教の自由を保証しているため、過激な活動をせずに大人しくしている限りは、弾圧も規制もしない方針である。


 実際に許可を取って長浜の町で布教したらしいが、キリスト教は受けが悪かったようで、地域住民に始終生暖かい目で見られていた。

 しかし馬鹿にするわけではなく、改宗はしないが親しい友人として気を使っている感じであった。




 そんな彼らから、江戸に行って、徳川幕府に直接礼を言いたいと強い申し出があった。私はこの件に関して、鎖国中とはいえ事故で漂着した以上、罪はないと判断した。


 なのでガレオン船の修理が完了しても、すぐに追い出すことはせず、土佐藩の蒸気船が先導して、横浜港に招き入れた。

 江戸の港では水深が浅く、大型船舶では座礁してしまうので、こういうときは少し不便であった。



 陸に降りた彼らは、まずは徳川さんが政務を行う江戸城に向かい、積み荷の一部をお礼として渡した。

 その後は何故か、稲荷大社にお参りに来たので、私が本宮の謁見の間に招いて直接出迎える。

 初顔合わせに、狐色の耳と尻尾と髪を見て、大層驚いていたが、まさか狐っ娘が実際に存在するとは思わなかっただろう。


「ぜひともスペインと国交を…!」

「必要性を感じないので、お断りします」


 そのまま拝み倒すように、ぜひ国交を開いて欲しいと言って来たが、今の貿易は明と朝鮮、ポルトガルだけで間に合っている。なので、謹んでお断りしておいた。


 それ以外には、北海道と沖縄、オーストラリアとも仲良く交易をしているが、どれも自国のようなもので、資本主義より、どちらかと言えば社会主義に近い形かも知れない。


 もう少し詳しくオーストラリアに関して掘り下げると、赤道を越えた向こうは距離が遠すぎるので、お手紙や物資、人員等を送るなどして、早々に国として独立してもらっている。

 なお、それでも自国は日本の一部であると主張している…が、やっぱり遠すぎて一緒になるのは無理なので、気持ちだけありがたく受け取っておくのだった。




 サン・フェリペ号に話を戻すが、彼らが必死に頭を下げているのにそのまま追い帰すのは、ちょっと悪いなと思った。


 しかし国交を開くつもりは毛頭ないので、ここは私が監修して、ねんどろいど風にデフォルトされた狐っ娘。さらに可動域を広げて色んなポーズが取れる稲荷様人形。

 ダメ押しに、右手で刀を構えながら左手で狐火を燃やす姿勢で、細部までこだわったスケールフィギュアを、まとめてプレゼントした。


 どれも近日、江戸の稲荷大社で売り出す新作だが、彼らは大喜びで受け取ってくれた。




 なおその際に、人形はこれで全部ですか? …と聞かれたので、それは新作で、シリーズ化した旧作がまだあるはずです…と、稲荷大社の境内にある直売所に並んでいることを、詳しく説明した。

 すると彼らは慌てて立ち上がり、深々と頭を下げてお別れの挨拶を行うと、慌ただしく謁見の間から退室していったのだった。




 フィギュアに関してだが、本店に卸すと毎度すぐに売り切れてしまうので、土佐藩の長浜の稲荷大社には流通していなかった。

 これには自動化が難しく、一つ一つを職人が手工業で作成しているため、全体数自体が少ないのだ。

 その結果、転売お断りでお一人様各種お一つ限り、最寄りの稲荷神社の公式販売店で正規品をご購入ください。…と新シリーズが出るたびに発表しているのだが、それでも発売日に長蛇の列は避けられないのだった。







 慶長三年の春になった。

 織田さんが日本初の鉄製の蒸気船に乗り、オーストラリアへの航海の旅に出たが、長男の信忠さんに尾張を任せて、心残りはなくなったと聞いた。


 人生で最後の旅路ということで、長年仕えて信頼の置ける羽柴秀吉さんをお供につけて、もし亡くなったら骨は日本に持ち帰り、織田家代々の墓に葬ることを、強く希望していた。


「奇妙丸くんも立派になりました。織田さんとは、これが最後の別れですね」

「稲荷様の教えで平均寿命が伸びたとしても、織田殿は六十歳を越えています。やはり今生の別れは避けられないでしょう」


 奇妙丸改め信忠さんは、徳川さんよりも数年遅く生まれただけだが、二十近くなるまでずっと幼名のままだった。

 なので昔を懐かしむ時には、つい奇妙丸くんと口に出してしまい、本人からいつまでも子供扱いしないで欲しいと、冗談交じりに怒られるのだ。


 しかし今では立派な成人男性なので、息子に尾張の殿様を継がせて、長年の夢だった外の世界を見るため、すっかり老け込んだ数少ない友人は、悔いのない表情で大海原に旅立っていった。

 だが何故親日国であるオーストラリアを目指すのかは、私は結局最後までわからないままであった。







<織田信長>

 大型船に乗り、海を渡って外の世界をこの目で直接見るのは、儂の幼い頃からの夢だった。

 息子の信忠に後を継がせた時点ですぐにでも旅立てたのだが、結局気づけば六十を越えてしまっていた。


「お館様。海風に長く当たると、お体に障りまするぞ」

「ふむ、猿か。…儂はもう公家ではないと言っておろうが」

「いいえ、某にとって、お館様はいつまでもお館様でございますので」


 儂が日本初の鉄製の蒸気船の甲板に上がり、水平線の彼方に遠ざかる故郷を眺めていると、自分と同じで随分と老け込んだ羽柴秀吉が、気遣うように言葉をかけてくる。


 公家の役職も信忠に継がせたのだが、猿は人目のない所では儂をまだお館様と呼ぶ。

 それでも少々くすぐったいが、迷惑とは感じていないので、そのままにさせていた。


「故郷を見ておいででしたか?」

「いいや、儂が見ておったのは稲荷神よ」


 向こうも今生の別れになることがわかっているのか、江戸の稲荷大社ではなく、わざわざ出港前の蒸気船に乗り込んでまで、稲荷神は儂と直接言葉を交わしに来た。

 そして船室の一つを貸し切って徳川殿も加わり、出港時刻になるまで、思い出話に花を咲かせたのだ。


「儂は、稲荷神の古い友人じゃからのう」

「名残り惜しゅうございますか?」

「未練を感じぬと言えば、嘘になるのう」


 これまで海外に出られなかった理由は、稲荷神のことを案じていたからだ。彼女は人間とは違う本物の神で、きっと不老不死だ。


 そんな超常の存在が永禄三年に、たった一人で地上に現界し、高天原に帰れなくなった。

 物心がついてすぐに、そのような酷い目に遭ったのだから、その心細さたるや筆舌に尽くし難い。


「儂らは故郷の土を踏めるじゃろうが、稲荷神はのう」

「神は古来より不老不死と、相場が決まっておりまする。

 肉体を捨てて魂にもなれぬ稲荷神様は、永遠に地上に取り残されるでしょうなぁ」


 日の本の国を治め、天下泰平をもたらし、未知の知識や技術、超常の力を持っているのに、それでも故郷に帰る手段は見つからない。

 そんな稲荷神のことを、儂や徳川殿だけでなく、大勢の者が常に気にかけ、せめて安らかに過ごせるようにと心を砕いてきた。


「きっと戦国の世を終わらせるため、生き地獄で苦しむ民たちが呼んだのであろう」

「おかげで今は天下泰平の世となり、某たちや、民百姓が飢えや寒さに苦しむことも、いたずらに命を奪われることもなくなったでござる」


 その代償に稲荷神は故郷に帰れなくなり、永遠に地上に取り残されることになった。

 大人ならばまだ割り切れるだろうが、彼女はそれなりに歳を重ねてはいるが、神々の中では生まれたばかりの幼子に過ぎない。


「ところで、お館様は何故オーストラリアに? ポルトガルではないでござるか?」

「ふむ、猿は土佐藩に漂着したガレオン船を見たか?」

「いえ、某はあいにく…」

 

 普通なら外国船舶は機密であり、立ち入りは禁止されている。

 しかし漂着船の修理という名目ならば、船内の隅々まで見学し、詳しく話を聞くことができるのだ。

 なおその際に、あらゆる技術者がこう判断した。


 スペインの造船技術は、日本よりも大きく遅れている。故に、得るものは何もない。


「じゃがまあ、スペイン本土まで行けば、違った感想が出てこようが。それでも得るものは少なそうじゃ」

「今の日の本の国は、稲荷神様の教えにより、諸外国よりも発展しておるようですからな」


 遠路はるばるスペインに行ったとしても、得るものが少なく肩透かしを食う可能性が高い。だがしかし、幼い頃からの夢であった海外には行きたい。

 ならば現地で日本語が普通に通じて、親日国であるオーストラリアならどうか。これでは観光旅行だが、老後の楽しみとしてはこの上ないだろう。




 そして儂は、稲荷神が天下泰平の世を築くために、どのようなことをしたのか、その一つずつを懐かしみながら思い出していく。


 まず彼女が幕府を開いてから、これまでは武士が特権階級だったその下に、農工商を追加した。

 元々身分制度は曖昧だったが、今回はっきり区別することで、一番辛い役回りを押し付けられる農民の地位向上を図ろうという狙いらしい。


 だが民衆から武器を取り上げずに、城も解体せず、藩の力も削らず、国内全ての者に高度な知識まで与えてしまっては、行き着くところは現状の不満を晴らすための反乱だ。

 稲荷神はそこで何を思ったのか。舞台の上に立ち、集まった皆の前で、第一次産業の重要性を真剣な表情で説いた。


 百姓が毎日汗水垂らして真面目に働いているからこそ、国民が飢えずに済み、日本の経済が回っていく。彼らを敬わなくなった国は、緩やかに衰退していくのだ。

 食事を取る時の、いただきますとごちそうさまが、祈りの言葉になったのもその頃からだ。




 さらに稲荷神の名の下に、体に害のある間違った慣習を、全て廃止した。

 もし不満があれば、幕府の役人と相談のうえ、毒にならない新しい習慣を作るようにと、民たちに諭した。


 そして国に貢献したり、生活の役に立つ物を発明、または偉大な功績を残した人物への勲章を授与することで、身分に関係なく、誰もが自国のために尽くすようになった。

 何しろ本物の神様が一個人を直接褒め称えるのだ。日本の歴史に名前が永遠に刻まれるのは、とても栄誉なことだ。




 農民と同じく心配なのが武士だが、それに関しても稲荷神は、多くの民衆の前で公言した。


 泰平の世だろうと諸外国の侵攻から自国を防衛する戦力は必要であり、こちらは私と江戸幕府が、一括して管理することとする。

 土地は与えられないが、国防費からきちんと金銭や物品は支払うし、弓や刀ではないが最新の兵器を扱ったり、優秀な成績の者には出世の機会もある。

 そのように聞かされれば、武士階級の者は多少の困惑はしても、特に反対意見はでなかったようだ。


 ちなみに武士はまず藩が取り立てることを最優先し、あぶれた者を幕府が拾い上げて、各藩に駐屯地という大規模な訓練所を作り、皆をそこで生活させた。

 何でも来たるべき戦や災害、非常事態に備えるらしい。


 さらに稲荷神は、これからの武士が仕えるのは、主君でも幕府でもなく、日本の国そのものであり。

 貴方たちは力なき人々を守る盾と外敵を倒す刀で、この国に危機が迫ったときの唯一の希望です。皆しかと心に刻むように…と、そう堂々と告げたのだ。


 神様からの期待の言葉で奮い立たなければ、それはもう男ではないと言っても過言ではないので、武士たちは俄然やる気になった。


 ちなみに稲荷神の呼称は自衛隊であり、彼ら自身もいつの間にかそう名乗るようになった。

 そして害が起きるたびに出動しては、被害を受けた村や町の住民から、多大な感謝をされているのだった。




 結果的に稲荷神の統治により、日本は藩を越えた一体感が生まれた。

 もちろん禍根は残ってはいるが、それでも情報伝達や流通の邪魔になる関所は一つ残らず撤去され、誰もが国内を自由に旅ができるほど、平和な時代になったのだった。


「本当に稲荷神様は、大したお方でござる」

「そうじゃな。儂も最後に話せて良かった。

 今生の別れだろう快く送り出したことじゃし、もう心配はいらぬじゃろう」


 最後に言葉を交わしたが、いつも通りにニコニコと微笑んでいた。すぐ顔に出る彼女は、自分との今生の別れを受け入れていることがわかった。

 何だか娘が独り立ちしたような寂しさを感じるが、笑って別れられるのならば、それで良い。


 儂はもう一度だけ、水平線の向こうに消える日本を視界に収めて、故郷を心に刻み込むのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 歴史をなぞってないお陰で織田信長が生きてるのは嬉しいですね!一番好きな武将なので!いやー主人公は言い働きをしてくれたものですよ!
[一言] オーストリアに英国人が来ていないという事は、エミューやドードーが生き残ってる? お稲荷さま、ぐっじょぶ!
[良い点] 27/28 ・オーストラリアのワードパワーがすごいw 日本にカンガルーが増えたりしてないですよねw [気になる点] 信長さんカッコいい! [一言] そろそろ事件の予感
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