五十四話 連合国の盟主(1) 参戦
五十四話 連合国の盟主の最中となります。ご了承ください。
<ラヴレンチー・ベリヤ>
ソビエト連邦はポーランドを支配下に置いた。
これといった障害もなく上手くいき、宣戦布告の理由も用意したので、開戦した言い分としては十分だろう。
そして私や軍部の予想通り、欧州諸国が一時的な同盟を結び、我が国に戦いを挑んできた。
わざわざ攻め込む口実をくれるとは、親切なことだ。
既にイギリス、ドイツ、イタリアなどのヨーロッパの各国には、工作員が共産主義の種を撒いている。
ソビエト連邦が攻め込むと同時に、反乱を起こすのだ。
実際にアジア大陸では、大きな混乱が広がっていて、あちこちで共産主義勢力が軍部を掌握したり、民衆の独立運動が連鎖していた。
最終目標が日本の侵攻作戦は、順調に進んでいると言える。
だがしかし、一定の効果はあるので確実に効いているはずなのに、欧州だけは効果が薄かった。
それどころか共産主義が狐色に塗り替えられて、潜入させた工作員が捕らえられる事件まで起こっている。
何が起こっているのか。調べようにも、ミイラ取りがミイラになる有様で、思うように調査が進んでいないのが現状であった。
モスクワに建てられた政庁、その作戦司令室に居るのはスターリンや政府の者たちだけではなく、軍部関係者も揃っていた。
もちろん私も会議の場に出席して、いつもの飄々とした顔で椅子に座っている。
「侵攻作戦はどうなっている」
一番奥の席に腰かけている同志スターリンが、大机の上に広がる世界地図を、渋い顔でじっと見つめていた。
そして軍部の関係者たちに尋ねる。
「はっ! 同志スターリン! 侵攻作戦は順調であります!
我がソビエト連邦は連戦連勝! アジア大陸の資本主義を駆逐し──」
遅かれ早かれ衝突するなら、ソビエト連邦が有利なうちにと開戦に踏み切ったので、当初は軍部も乗り気であった。
実際にアジア大陸は順調に赤く染まっていっているので、誰もが勝利を確信していた。
なので、意気揚々と戦況報告を行う気持ちもわかる。
だが残念ながら、同志スターリンの表情は一向に晴れなかった。
「では、欧州方面軍はどうだ?」
「えっ!? そっ、……それは!」
途端に口数が少なくなった。
さらに、今まで元気よく喋っていた軍の関係者が助けを求めるように、他の同志に視線を向ける。
すると私を含めた皆が揃いも揃って、露骨に顔をそらしてしまう。
時間にしてほんの数秒ほどのやり取りだが、彼は冷や汗をかいていた。
そして観念したのか溜息を吐き、同志スターリンを真っ直ぐに見つめて緊張気味に発言した。
「欧州は連合軍の抵抗が激しいですが、軍事、兵力等はソビエト連邦が上回っております!
なので、今しばらく時間をいただければ──」
ソビエト連邦は、広大な国土と多くの資源を保有している。
人口密集地は限られているが、欧州のどの国より地力は上だ。
まともに戦っても勝利は固いが、内部工作で暴動を起こすことで、より盤石になるだろう。
しかし残念ながら、現状はそうなっていなかった。
何故ならここに来て、大番狂わせが起きてしまったからだ。
「つまり時間をかければ、リトルプリンセスにも勝てると?」
同志スターリンが軍部を責めるように威圧して、怒気を含めた言葉を発する。
「そっ、それは! ……その」
問答をしていた者は、徐々に声が小さくなっていき、後半は殆ど聞き取れなくなる。
だがしかし、リトルプリンセスには勝てませんとは言えない。
だからこそ軍部の代表は、深呼吸をした後に気合を入れて、大声を出すのだ。
「確かに日本が戦争に介入したのは予想外で、我が国が欧州方面で劣勢となっているのは事実です!
しかし! ソビエト連邦は必ずや勝利します!」
そう言って軍部の代表は、作戦会議室の大机の上に広げられた世界地図の上の駒を、順番に動かしていく。
極東の島国の海上にこちらの駒を配置した後、呼吸を整えて説明を始めた。
「まずもっとも警戒すべきは、日本とオーストラリアなのは、間違いありません」
アメリカも警戒すべきではあるが、優先順位を言えば日本とオーストラリアよりも下になる。
脅威ではあるが共産主義による工作が成功している以上、まだ与し易いほうだ。
「なお両国共に、基本は専守防衛です。
なので欧州に送られてきた兵士は、千……いえ、二千程度との情報です」
連合国の盟主になったものの、ソビエト連邦と隣接しているので、防衛に戦力を割かなければいけない。
しかも共和主義が広まって混乱に陥っている東アジアのこともあり、日本と周辺諸国との緊張は高まり続けている。
「日本は軍事力はあっても、所詮は小さな島国に過ぎません」
どれだけ軍事や技術力が高くても、広大な国土を有するソビエト連邦と比べれば、地力は大したことはない。
国境沿いにソビエトの艦隊を配置して威圧し続けることで、防衛に戦力を割かせて欧州方面を手薄にするのだ。
「ですので、島国が戦争に動員できる総戦力など、たかが知れています。
また、オーストラリアも軍隊を送るでしょうが──」
日本と同じ道を歩んできたオーストラリアは、リトルプリンセスの後追いだ。当然のように彼の国も参戦してくるが、そちらも専守防衛を基本としている。
軍部の者は、二国の自衛隊は現状では殆ど動きがない。
たとえ欧州戦線に参戦したところで、合わせて数千程度ならば、大した脅威にはならないと意見する。
「実際にはリトルプリンセスの警護も必要ですので、戦線に投入される数はさらに減ります。
以上のことから我々が戦うべく敵は、ほぼ欧州各国となります」
そうはっきりと告げた。
確かに日本が介入すると聞いた時は肝が冷えたし、現実に欧州連合の士気は上がって、苦戦を強いられている。
「アメリカの存在もあって、決して楽観はできません。
しかし彼の国は貧富や民族の差が激しいので、共産主義を広めやすく、そのうち内部から崩壊していくでしょう」
日本とオーストラリアは、欧州連合においてはほぼ戦力外だ。
しかしまだ、アメリカが残っている。
強大な軍事力を持つ国ではあるが、貧富の差が激しい多民族国家という弱点を抱えている。
おかげで共産主義も広まりやすいし、実際に成果は出ている。
とにかく時間さえ稼げればアメリカの資本主義経済を切り崩して、内乱を引き起こせる。
「それに欧州の連合国は同盟を結んでも、決して一枚岩ではありません。
こちらも時間が経つごとに歪みが大きくなり、やがてはただの烏合の衆となり果てるでしょう」
最初こそソビエト連邦打倒で手を結んでいても、各国の損害が大きくなれば話は別だ。
誰もが自国の利益を優先して動くようになり、下手をすれば足の引っ張り合いが始まる。
そうなればもはや、ソビエト連邦の思うがままだ。
連携が取れなくなった連合国を内部から崩壊させるのもよし、救援が送られずに孤立している部隊を包囲殲滅するのもよしだ。
「さらにアジア大陸には、共産主義が広がり続けています。
じきに欧州方面の戦力を維持するのも、困難となるでしょう」
欧州各国はアジア大陸に多くの植民地を抱えているため、そちらを維持するためにも戦力を送らなくてはいけない。
そこで説明が終わったのか、軍部の代表は大きく息を吐いた。
ソビエト連邦は一見不利に見えるが、これなら敗北はないと理解できた。
スターリンも真面目な顔で考え込んではいるが、やがて納得したのか小さく頷いた。
そして一拍置いて、堂々と発言する。
「その通りだ。ソビエト連邦の勝利は揺るがない。同志諸君の健闘に感謝する」
私と彼とは親友とも言えるほどの間柄だが、正直今回は下手をすれば粛清される可能性もあった。
それでも軍部の代表が機転を利かせた作戦を立案することで、辛うじて回避された。
(もし粛清となれば、私だけでは済むまい。
この場に居る者の殆どが、明日は不幸な事故に遭っていたかも知れない)
何にせよ、難を逃れたので会議室の椅子に座りながら、心の中でホッと息を吐いた。
しかし本来ならば今頃、欧州の殆どが共産主義に染まっていたはずだが、リトルプリンセスが重い腰を上げたことで、まるで山が動いたが如く、事態が急変してしまう。
まさか彼女が乗り込んでくるとは思わなかった。
これはもはや、アメリカが本腰を入れて参戦してくるよりも厄介な事態と言える。
(貴女はやはり恐ろしい。だからこそ屈服させがいがあるのだが、今回ばかりは流石に肝が冷えたよ)
元々リトルプリンセスは自国に留まり、専守防衛を行うと読んでいた。だが、その予想は見事に外れてしまった。
幸い今は私の手を離れて軍部に指揮権が移っていたので、会議の場では良い隠れ蓑になってくれた。
しかし、次はどうなるかはわからない。
それでも既に戦争は始まっているため、今さらなかったことにはできない。
ソビエト連邦が勝利するか、それとも滅びるか。
泥沼の世界大戦は結果が出るまでは、決して終わらないのだった。




