四十九話 パリ講和会議(1) 東京駅
四十九話 パリ講和会議の最中となります。ご了承ください。
大正三年に世界大戦が始まり、日本国内の空気も若干重くなった。
今の所は自衛隊を海外に派遣するつもりはないが、世の中どう転ぶかわからない。
テレビのニュースや新聞が偏向報道をしたり、役人が真実をぼかして伝えたりもするのだ。
なお良いニュースかは不明だが、日本がイギリスに輸出した九七式中戦車が大活躍しているらしい。
何故か全ての戦車に狐のペイントが施されており、行く先々の戦場を縦横無尽に走り回り、散々荒らし回った。
結果、敵国にはイナリ部隊と呼ばれて恐れられるようになる。
私としては何処の死神部隊だとツッコミたくなったが、どんな形であれメイドインジャパンの信頼度が上がったので、別にいいかと前向きに考えるのであった。
世に溢れる様々なニュースはともかくとして、私はいつものようにお忍びで東京の町に出て、都民の噂話に耳を傾け、密かに世論調査を行うことを決めた。
決して折込チラシに描かれていた、期間限定スイーツに釣られたからではない。
計画を決めてから少しだけ時は流れて、大正七年の一月のことだ。
私は江戸駅ではなく、老朽化のため西洋風にリニューアルされた東京駅へとやって来た。
この時期には寒さから身を守るために厚着をするので、狐耳を尻尾を隠すのには適している。
だがまあ夏でも麦わら帽子を被ればいけるが、今の季節が一番自然で無理がないと思う。
大勢の通行人が慌ただしく行き来している中で、私は邪魔にならないように正面口から少し離れた場所に立って、本日の家族役を務めるお世話係と近衛と一緒に、改築された東京駅を見物する。
「何ともモダンな雰囲気ですね」
「西洋文化を前面に押し出した外装とのことです。
それでも、鉄筋や建設の基礎技術は日本のものです」
つまりは外は西洋風だが、中身は匠の技が光る日本建築で、火事や地震などの災害に強く、耐用年数も底上げできるので悪くない判断だ。
大正三年の十二月二十日に建て替え終了したばかりなので、全体的に色鮮やかで輝いて見える。
なので私のように物珍しそうに見物する人が、大勢集まっていた。
その際に、観光客は新築された東京駅を様々な角度から撮影しているのだが、いくつかの写真に私たちが写りこんでいるように思えたので、申し訳なく思えた。
「東京駅を撮影する方々の邪魔になりますし、移動しましょう」
「そっ、……そうですね」
せっかく東京見物に来たのなら、新たな名所となった駅を撮りたいはずだ。
それを邪魔する気はないので移動しようと、我が家から持ってきたお菓子の広告を、コートのポケットから取り出して、場所と店名を確認する。
「地下街にあるようなのですが、どうやって向かうのでしょうか?」
「こちらでございます」
小さく一礼した近衛が背を向けて歩き出したので、私も素直に付いて行く。
そして東京駅の下に蟻の巣のように広がる地下街へと、足を踏み入れたのだった。
東京駅の八重洲地下街は、非常に入り組んでいた。
案内してくれた近衛も途中で立ち止まっては、お世話係と一緒に現在位置を何度も確認していた。
それでも時間はかかったものの、無事に目的の菓子店に到着することが出来た。
そこで私は、一番人気のスイーツを一つだけ購入して、店内の喫茶コーナーを使わせてもらい、サービスで付いてきた紅茶と合わせて美味しくいただいたのだった。
たまのお忍び食べ歩きも終わり、目的も果たしたことで、そろそろ家に帰ろうと思い、世話係にお勘定を任せて、菓子店の外に出る。
だが三人揃って地下街を歩き始めたら辺りで、私は重大なことに気づいた。
「そうでした! まだ世論調査が終わっていません!」
「ああ、覚えていらしたのですね」
苦笑気味のお世話係の的確なツッコミを言い返せないが、うっかり忘れていたものは仕方ない。
そもそも地下街の探索に時間を費やしたせいで、本来の目的が何処かに行ってしまっていたし、美味しいスイーツで十分な満足感を得て、もう思い残すことはない状態であった。
しかし地下街を探索している間も、勝手に狐耳に入って来るが、実際にはそのどれもが平和な会話であった。
ヨーロッパ全土に広がりつつある世界大戦に、日本も参戦すべきだ! といった強硬な意見を主張する人は、何処にも居なかった。
逆に泥沼の大戦を回避した稲荷様は凄い! さすイナ! というワッショイワッショイが多く聞こえてきて、思わずチベットスナギツネになりかける有様だった。
それらのことを考えた私は、面倒だし本腰を入れての世論調査はしなくていいやと、何となく投げ槍になっていく。
稲荷神様万歳といった称賛の声を聞いていると、背中が痒くて堪らなくなるのだ。
中身は全然大したことない元女子高生なのに、相変わらずの過大評価につい愚痴を漏らしてしまう。
「私以上の能力を持つ最高統治者など、掃いて捨てるほど居るでしょうに」
「それは冗談ですか?」
「いいえ、本気ですが?」
小声でツッコミを入れるお世話係に、すぐに返答するが、彼女は明らかに納得がいってなさそうな表情になり、それ以降は口を開かなかった。
正直なところ戦国や江戸時代ならともかく、明治や大正になれば私以上の能力を持つ人物が居ないほうがおかしい。
平凡な元女子高生が、私を越える者はおるか! と威勢よく声を上げたところで、ここに居るぞのバーゲンセールになるのは、想像に難しくない。
なお三百年以上も昔から、君臨すれども統治せずを貫いている。
たまに公務をしたり、重大な決断に顔を出して率直な意見を述べたりする以外は、森の奥に引き篭もって平穏に暮らさせてもらっていた。
普段は何もせずに無駄飯食いの私が、日本国民にワッショイワッショイされるのは、流石にちょっとどうかと思ったのであった。
「やはり私は、最高統治者として相応しくありません。即刻退位すべきでしょう」
「はぁ、左様でございますか」
隣を歩くお世話係は、またいつもの退位したい病が出たと思ったのか、表情も口調もこちらを気遣っているが、絶対に真面目に受け取ってはいない。
今代の近衛や世話係とこのやり取りをするのも、一体何度目だろうか。
そのため、お互いにすっかり慣れたものなのであった。




