四十七話 第一次世界大戦(1) 九七式中戦車
四十七話 第一次世界大戦の最中となります。ご了承ください。
<イギリスの将校>
西暦千九百二年、日本の年号に例えると明治三十五年になった。
少し前の戦争に勝利した連合七ヶ国は、アジア大陸の利権を奪い合っていた。
なお海を挟んだ隣国の日本は、相変わらずの我関せずであった。
しかしイギリスとの仲は悪くないので、参戦してはどうかと打診はしたものの、今は時期が悪いの一点張りである。
かの大国には昔は良き先輩として世話になっていたらしく、きっと義理と人情の板挟みなのだろう。
だが実際のところは、大陸の動乱などどこ吹く風とばかりに、平和を満喫していたので良くわからない部分も多い。
しかも日本はその間に何もせず、傍観者に徹していたわけではなかった。
イギリス軍の将校である自分は、とある筋から情報提供を受けた。
なのでそれを頼りに信用できる部下たちを連れて、長崎にある湾岸倉庫に向かった。
古びたコンテナ倉庫に入ると、こっそり運び込まれた各種兵器がズラリと並んでいた。
あまりにも見事だったので、部下と一緒に思わず感嘆の声を漏らしてしまう。
「見れば見るほど良い品だ。流石はメイドインジャパンだな」
「お褒めに預かり、光栄です」
自分のすぐ側で微笑みを浮かべる日本政府の役人が、小さく会釈してから、そっと明細を手渡してきた。
「……悪くはない。しかし、もう一声欲しいところだな」
ここからは値段交渉の時間だ。良心的な価格設定だが、イギリスから見れば、まだまだ割引が可能に思えた。
東アジアの各国は生かさず殺さず、限界まで搾り取るのが我が国のやり方である。
「はぁ……これでも値段はかなり下げているのですが」
「それはそうだが。お互いに長い付き合いで、良い関係じゃないか。だから、もっと、こう……な?」
しかし日本は、イギリスにとっての友好国だ。
リトルプリンセスはノーコメントを貫いているが、三百年に及ぶ王室との交流の歴史がある。
他の植民地や属国のように、そこまで強くは出られなかった。
ちなみに巨大な湾岸倉庫に鎮座するのは、日本で開発された九七式中戦車だ。
わざわざ自衛隊の駐屯地からここまで、イギリスに売りつけるために秘密裏に運んできたらしい。
別に日本国民に知られても問題はないが、他国に気づかれると販売希望が殺到するので、政府としてはいちいち対応するのが面倒なのだそうだ。
そしてカタログスペックを見れば、世界トップクラスの高性能機なので、イギリス主導の開発でないのがとても残念であった。
日本の役人はしばらく思案していたようだが、やがてポンと手を打って口を開いた。
「イギリス王室は、稲荷神様の文通相手でしたね。
わかりました! 価格は下げられませんが、武器弾薬等の粗品を追加してご提供致しましょう!」
あらかじめ値引き交渉を行うと予想し、プランを練っていたのだろう。
だがそれはお互い様なので、素直に感謝しておく。
「そうか! 流石は友好国の日本だな! 感謝する!」
私が礼を言って、向こうの役人から粗品リストを受け取り、確認の後に契約成立の握手をする。
だがその最中に、予想外の発言が飛び出した。
「ちなみにですが、イギリスはまだ親日国ではありませんよ?」
至極真面目な顔で発言した役人の様子を見て、しまったと感じた。
確かに、うちはまだリトルプリンセスが公式に認めたわけではない。
オーストラリアとは違い、あくまでイギリス王室との文通のみの縁であり、貿易に少しだけ融通が効く知り合い止まりであった。
そしてここでは、彼女が白と言えば、黒でも白になる。
たとえ日本政府の重役がイギリスは親日国だと主張しても、まるで効果がない。
それどころか、国際世論的に重要な判断になるほど、神皇様が何も発言しておられないのに、勝手に決めつけるとは何事だ! そう民衆からの突き上げを受けるのだ。
リトルプリンセスと日本政府の信用度を比べると、雲泥の差なので、まずはお伺いを立てるのが一連の流れとして定着しているのであった。
彼女が地上に降臨してから、実に三百年以上が経っているが、驚くべきことに一度も失敗をしていない。
なので、もしイギリスが親日国だとリトルプリンセスに認められれば、民衆も納得して様々な面で便宜を図ってもらえる。
多少仲の良い貿易国という立場から、オーストラリアのように共同開発や技術提供というお誘いも来るだろう。
さらに日本は、少し前まで鎖国政策をとっていた。今現在頻繁に付き合いのある国は、極端に少なかった。
参入するには絶好の機会ではあるが、彼女はあくまでも王室との文通のみに留めている。
何か深い考えがあるのは明らかだが、あいにく自分には、さっぱり見当がつかなかった。
私は九七式中戦車を購入する際の見積書と、新たに加算される武器弾薬の粗品リストに部下と一緒に目を通しながら、今回販売を担当する政府の役人に、それとなく尋ねてみた。
「リトルプリンセスは、イギリスのことをどう思っているだろうか?」
「自分は凡人です。それゆえ、千里先を見通すと言われる稲荷神様のお考えは、理解しかねます」
役人は苦笑を浮かべて肩をすくめる。
しかしその後、少しだけ思案して言葉を続ける。
「しかし、政府機関の予想でよろしければ。……聞かれますか?」
「ぜひとも教えて欲しい」
すると彼は私の返答を聞いて、大きく息を吐いて呼吸を整えた後、真面目な表情で口を開いた。
「稲荷神様は、大陸の戦乱に加わる気はありません。
そのため、イギリスとは距離を取らざるを得ないのです」
なるほどと、顎に手を当てて考える。確かに日本の役人が言ったことは、一見筋が通っているように思える。
だがしかし納得できなかった部下の一人が、我慢できずに横から口を出してきた。
「戦争に勝利すれば、将来的には失った以上の利益が得られます!
欧州の覇権国家であるイギリスが、良い例ではありませんか!
先見の明のあるリトルプリンセスならば、自国の損害を抑えて勝ち馬に乗るぐらい、容易いでしょう!」
言われてみれば、確かにその通りだ。
数百年に渡ってあらゆる偉業を成し遂げてきたリトルプリンセスなら、戦争に負けるはずがない。
言うなれば、日本が参戦した勢力は必ず勝利する。
さらに自国の損害は殆ど出さずに戦果を上げ、利益を根こそぎ持っていきそうだと、私はそう感じたのだった。




