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稲荷様は平穏に暮らしたい  作者: 茶トラの猫
明治、大正、昭和時代 番外編
244/288

四十四話 中華思想(2) イギリス人観光客

<イギリス人観光客のイザベラ>

 日本の年号でいうと、明治八年のことである。


 私はイギリスの旅行会社が主催する日本観光のチケットを入手し、蒸気船に乗って憧れの国へとやって来た。


 目的地は、誰が何と言おうとリトルプリンセスのお膝元である東京……ではない。

 残念だがそれは叶わず、北海道を選ばざるを得なかった。

 事情を説明するとそっちは割高だったので、予算的に少々厳しい。


 だが何よりも、東京は観光地としてとても人気がある。

 そして外国人も宿泊が可能な施設は限られており、イギリス以外の国からも連日大勢訪れるのだ。


 実際には日帰りならともかく、予約を入れて一年ほど待たなければ宿が取れない有様であった。


 そのような事情があり、今回は第二希望である北海道ツアーを選んだというわけだ。

 しかし次は、絶対に東京を観光して、稲荷紀行を執筆し、後世まで記録に残そうと心に決めたのだった。







 そんな自分の決心はともかく、イギリスの蒸気船は無事に北海道の港へに到着して、私は他のイギリス人観光客たちに続いて、順番に船を降りていった。


 日本のガードマンが待機する中で、係の者から念入りな検疫やボディチェックを受け、問題ないと判断されてようやく入国許可が下りる。


 随分厳重だなと思わなくもないが、この国は基本余所者には厳しいのだと知っている。

 代わりに同士と認められれば歓迎されるし、友好国(自称)のイギリスなのでまだ優しいほうだ。




 それはともかくとして、検問を通過した私たちは、人々でごった返す港から町の方へと、はぐれないように一塊になって歩いて行く。


 しばらく進んだところで、先行するガイド役が途中で足を止める。

 そして、こちらをごらんくださいと英語で語りかけてきた。


 すぐ近くの石像を指し示したので、私たちは彼女の解説を聞きながらそれを見上げる。


「北海道は今から三百年ほど前に、日本に帰化しました。

 理由は、かつてリトルプリンセスが派遣した外交使節団によって──」


 何でも、ここが初めて上陸を果たした函館はこだて港らしい。なので後日、当時の使節団の石像が設置されたのだと説明された。


 しかしこれには諸説ありで、本当は松前港に初上陸したのだと主張する者も居る。

 どちらも一歩も譲らないため、未だに平行線とのことだ。




 だが取りあえずガイド役は、函館はこだて港に上陸したことを前提にして説明していく。


「使節団には、稲荷神様の眷属である狼たちが同行していました」


 すぐ隣には狼の銅像もあったので、日本大好きなイギリス人たちが感嘆の声をあげるだけでなく、写真の撮影も行っていた。


 リトルプリンセスは狐の耳と尻尾を生やした幼女で、その眷属が聖域の森に住む狼なのは有名な話だからだ。

 何でも人の言葉も理解するだけでなく、その場に応じた最適な行動を取り、主の命令に忠実らしいので、何とも幻想的な生き物であった。




 だがしかし、この事実はイギリスの一般市民には知らされていない。


 祖国の諜報機関が隠蔽工作をしているため、日本の最高統治者は実はこっそり代替わりしていて、耳と尻尾は作り物で、政治家か権力者が民衆を扇動するために、幼い女性を裏から操っている。


 そういった根も葉もない陰謀論を、世界各国に広めていた。


 そして、日本の技術力に関しても誤魔化している。

 なので植民地にした隣の大国のように、いくら我ら西洋の真似をしたところで、所詮は東洋人の猿真似に過ぎないと見下している。




 王室とは三百年に渡る交流があるのだが、表向きの報道を鵜呑みにする者は何処にでもいる。

 なお東洋の兵法に、敵を騙すにはまず味方からという言葉もある。

 イギリス国内の市民を一定数でも欺けているのならば、隠蔽工作は成功と言えるのではなかろうか。




 そのように私があれこれ考えている間に、ガイド役の説明はいつの間にか終わっていた。


「次はバス停に案内致しますので、皆さんはぐれないようにお願いします」


 どうやら今度は、次の目的地までバスに乗って移動するらしい。

 なので私たちは写真撮影を止めて、再び一塊になって停留所に向かって歩き出した。


 幸い、石像の前からさほど離れていなかった。

 街の景色を楽しみながら数分ほど移動したら、すぐに到着した。


 しかしそれを見た私たちは、思わず息を呑んだ。


「こっ、これが日本のバスか!」

「わおっ! パンフレットの白黒写真で見たけど、直接目にすると凄いね!」


 私を含めたイギリス人観光客が大騒ぎするほど、日本のバスは変わっていた。

 なおバスについて語るには、ロンドンの経済事情を説明する必要がある。


 実は我が国は、産業革命からの爆発的な人口増加によって、連日道が混雑するようになってしまった。


 そこで考えられたのが、バスという乗り物だ。

 一台の馬車に大勢が乗れるよう改造し、屋根にも席をつけて町中を走らせているのだ。


「馬には引かせてないんですね!」


 一人の観光客が、停まっているバスを色んな角度から観察しながら、写真で撮影をしていた。


 ロンドンでは馬に引かせているし、日本よりも小さい。

 なので皆が驚いたり興味を惹かれるのも無理はない。




 実際に私も興奮しており、凄いなー! 凄いなー! と始終驚きっぱなしである。


「えー、皆さん。時間も限られておりますので、そろそろバスへのご乗車をお願いしたいのですが──」


 一歩引いた位置から様子を見ていたガイド役だが、私たちが一向にその場を動かなかったので、コホンと咳払いをして大きな声で呼びかける。


 流石にこれ以上は不味いと考えて、私たちは指示に従って素直にバスへと乗り込んでいく。


 なお、日本のものは屋根には乗れないようだが、かなり横に伸びていた。

 大勢が乗っても席に余裕があり、弾力性があって柔らかいクッションが固定されているのは、大変素晴らしかった。


 だがしかし、車輪の近くは振動を感じてしまうし、動くたびに大きな音が出るのが欠点と言える。

 それでも馬に引かせるよりも運転がしやすく安定しており、総合的に見れば快適な乗り心地であった。




 その途中で窓から見える景色を眺めていた観光客の一人が、あっと声を漏らした。


「道の真ん中を、小さいバスが走ってる!」


 なので私たちも一斉にそちらに視線を向ける。

 何やら道路の真ん中に敷かれた溝の上を、自分たちが乗るバスと似たような乗り物が走っているのがわかった。


「あれは、路面電車という乗り物でございます」


 ガイド役が解説を始めたので、私たちは興味を惹かれて熱心に話を聞く。


「線路に沿って移動し、町の主要施設を時間通りに巡ります。

 石油燃料ではなく電気の力で動くので、環境に優しいのです」


 解説を聞いて、私たちは感心したような声を漏らした。

 ちなみにイギリスにも鉄道があって、一部の者は世界初だと信じている。


 しかし日本は、それよりも早く蒸気機関車の開発に成功していたのだ。

 何でも諜報機関がその情報を本国に持ち帰ったあとに、うちの技術者たちが揃って腰を抜かしたらしい。




 それはともかくとして、イギリスに鉄道はあっても電車はなかった。


 電気エネルギーを利用する計画はある。だがまだ、試作段階だ。

 それに今は蒸気機関の最盛期なので、あくまでも次世代の技術である。


 私たちが、やはり日本は我が国以上の技術力だと再認識している間にも、ガイド役の説明は続いていた。


「リトルプリンセスの公式発言によれば、都市の地下を走る電車。

 通称、地下鉄の実用化に向けて──」


 イギリスでも地下にトンネルを掘って交通をスムーズにしようと考えてはいるが、計画どころか将来そうなったらいいな程度である。


 本当にリトルプリンセスは、一体何処まで先を見通しているのやらだ。


 そして苦難の道にも関わらず、次々と実用化に成功してきた日本の技術者たちにも、感心させられるばかりだった。


 もしイギリスが彼女の助力を得られていれば、全世界を支配する覇権国家となっていてもおかしくないだろう。


 だが現実には、そうなっていない。

 たとえ植民地支配で世界の覇者として君臨しても、うちは永遠の二番手……いや、オーストラリアを考えれば三番手だろうか。


 アメリカも油断はできないが、まだ技術力ではうちが上であった。




 とにかく、リトルプリンセスが統治する日本は、世界各国と比べて紳士的で大人だ。


 自国の利益を最優先にするのではなく、和の心を持って互いに尊重し合う。

 そして、他国と共存共栄を目指すという、一見不可能とも思える理想を本気で実現しようとしている。




 はっきり言って、今の世界情勢を考えれば、どの国からも鼻で笑われてもおかしくない。

 それに自国の方針など、普通は時の流れで移ろうものだ。


 しかしリトルプリンセスは、永久に老いることがない。

 そして目が曇ったり、聡明さが失われることもない。


 既に三百年以上も初志貫徹をしており、恥じることなしと堂々と振る舞っている。

 自国民からの信頼を、一度として裏切ったことはないのだ。


 まさに理想の最高統治者、その完成形と言える存在であった。




 なのでイギリス王室は、三百年に渡って彼女に熱烈なラブコールを送り続けている。

 本国への来訪をお願いして、互いの距離を縮める機会を楽しみにしていた。


 なお毎度素気なく断られているため、身持ちの固さに舌を巻くばかりだ。


 だがこれは逆に言えば、一度同盟を結べば彼女は決して裏切らないという、信頼の証でもある。

 王室や政府の関係者は、余計に燃え上がるばかりであった。




 私も日本を訪れて理解を深めてわかったが、彼女は基本的に人の視点で物事を見ていない。

 人間はどれだけ先を見通そうとしても、数年、もしくは十年が限界だろう。


 だが、リトルプリンセスは違う。

 現状の日本を見る限り、少なくとも三百年以上先の未来を見越して動き、対策や計画を立てていた。




 もし日本に彼女が居なかったら、ここまでの発展はなかっただろう。

 そしてイギリスはこの国の民を滑稽だと見下し、歩み寄って理解しようとは考えなかった。


 自然と科学の調和が取れた町並みを、バスの窓からぼんやりと眺める。


 次の目的地は、リトルプリンセスが自動機銃の弾丸を全て叩き落とした五稜郭だ。

 私はガイド役の説明を聞きながら、いつかそんな彼女を直接見てみたいなと思っていたのだった。







 余談だが、観光客から情報が拡散されるかも知れないと考えている者も居るが、実はそんなことはない。

 イギリスの諜報機関が隠蔽しているのもあるが、日本は機密情報と機械製品を外国に販売したり、国外に持ち出すことに関しては、厳重に管理や処罰をしている。


 もしそんなことになったら、国際社会全体が大混乱に陥るのは想像に難しくない。




 それに、日本以外の東アジアの国々は、欧州にとってのオヤツ……ではなく、文明の遅れた野蛮人が住む国という認識だ。

 そんな中で、たった一つの島国が異常な発展を遂げていたとしても、所詮は東洋人の中でのトップ争いであり、西洋人と比べれば取るに足りないと見下している。


 そういった凝り固まった古い価値観が、我々西洋の驕りなのかも知れない。


 だがしかし、東アジア大陸の眠れる獅子を完膚なきまでに叩きのめし、多数の国々も植民地にして、生かさず殺さずにこき使っているのが現状である。


 そんな西洋一強の世界情勢の中で、東アジアの島国は凄いと声をあげたところで、鼻で笑われるのがオチだ。いや、実際に白黒写真を見せても友人に良く出来た偽物だなと笑われたので、嘘ではない。


 せめて移動や通信の手段がもっと発達しなければ、遠く離れた小さな島国に対して行っている、印象操作や隠蔽工作を見破るのは困難だし、日本は開国しても外に目を向けておらず、そこまで活発に交流する気がないのが致命的であった。




 それでもリトルプリンセスのファンは世界中に隠れ潜んでいるので、そういった者たちはこぞって東京に押しかけて、身内だけで集まり、日本凄い! 狐っ娘凄い! と存分に語り合っているのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] エゲレス人の目から見た狐色の日本。 たとえ他国のスパイが潜入していても、いつの間にか狐色に染められて日本人と一緒にワッショイしている姿しか想像できません。 流石は稲荷様、諜報面でも無敵やぜ(…
[一言] 英国では森がなくなっていた時代ですから、北海道の豊かな自然に驚いたかも知れません。 いや、自然保護の概念がありませんから、“未開”の土地だと見下しているか。 当時のヨーロッパ人は蛮族そのもの…
[一言] お稲荷様から見れば、英国情報部の仕事は拍手喝采を贈りたくなるいい仕事でしょう。 しかし、欧州各国から見ればお稲荷様ワッショイを独占してきた許さざれるべき大罪でしょうね。
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