四十三話 新政府樹立(8) 稲荷主義
私は近くに置かれている湯呑を手に持って、乾いた喉を潤した。
和食が恋しい件は、大雑把ながら方針を出した。あとは明治政府に任せれば良いだろう。
次の問題は、アメリカでの環境の汚染が結構深刻な件だ。
なのでそれに対して、自分の見解をそのものズバリとぶっちゃけた。
「環境汚染に関してですが、危機が迫らない限り、人はなかなか認識できないものです。
なので現時点では、私も日本政府も解決策はありません」
つまり岩倉さんたちは現場の判断で乗り切ってもらうしかないわけで、国として出来ることは医療品を送ることぐらいだろうか。
ついでに大雑把に話しても納得できないだろうから、何故手が出せないのかと説明する。
「公害の被害を一番に受けるのは殆どの場合、社会的弱者です。
彼らは資本主義社会の前には、あまりにも無力です。
日本が口を出すにしても現状では内政干渉になり、国際的な立場が揺らぎかねません」
極論を言えば、国の中で一番金を持っている者が強者だ。それ以外は、残らず弱者に分類される。
なお岩倉使節団の後ろには日本がついているが、彼ら自身はお金を自由に使える立場ではない。
つまり資本主義社会とは、極端なことを言えば労働者は経済を回す歯車でしかない。
なので一部の者が環境の汚染を止めようと声をあげても、上流階級にとっては儲けが減るだけで旨味がないと一蹴され、意見を無視したり握り潰すという横暴がまかり通ってしまうのだ。
そして日本が本腰入れて介入しようとすると、それはそれで大国に島国が意見するなと反発は必至だ。
何しろ今の時代は、他国にガンガン侵略して植民地を増やし、大量生産大量消費を推奨しているのだ。
ここで極東の島国が異議ありと発言したら、余計な面倒を背負い込むことになる。
だが私は、もう一つの社会体制があったことを思い出し、別に深い考えもなしに何となく口に出した。
「ならば競争を強要する資本主義は悪で、富を平等に分配する共産主義は善なのでしょうか?」
国が富を管理して、平等に分け合うのが共産主義。
他者を蹴落とす競争社会で、利益を奪い合うのが資本主義。
どちらが善で悪かは、私にもわからない。
なので仕組みを簡潔に説明してから、はっきりと断言する。
「私は完全管理社会は嫌いです」
日本は狐色に染まって、若干ディストピア感が出てしまっている。それでも自分は、本当にこんな世界は望んでいないのだ。
ワッショイワッショイなんてされたくなくて、神皇を退位したい。とにかく現状を受け入れがたいし、平穏に暮らすために頑張っているが、不思議なことに何故か逆効果にしかならないのだ。
「資本主義も共産主義も、上に立つのは人間です。
ならば時の流れで歪みが生まれ、不正が蔓延るのは避けられないでしょう」
資本主義は金を持っている上の者が労働者を管理し、共産主義は国が市民の生活を管理する。
ならば最高統治者として私が住む日本は、この二つのうちのどちらなのだろうかと、ふと気になった。
「日本ですが、稲荷主義とでも呼称しておきましょうか。
競争社会ですが、富の一部を分配していますので種類分けが難しかったのです」
考えたが足りない頭ではよくわからなかったので、適当な主義を呼称しておく。
稲荷大社の寄付金は毎年膨大な額になるが、稲荷祭や宝くじだけでなく、IHKや国の手が回らない人たちへの救済資金として使っている。
そして私は日本の最高統治者だ。国民を管理しているのならば、共産主義と言えなくもないが、政府とは別枠であり、資本主義的な競争社会でもあるため、色々とややこしくして複雑なのであった。
私はさらにああでもないこうでもないと思案したが、途中で時間の無駄だと考えて、取りあえず岩倉さんの手紙に話を戻すことにした。
「環境汚染に関して一つだけ言えることがあるとすれば、日本がそちらの道に進むのならば、私は殴ってでも止めます」
言いくるめられる可能性もゼロではないが、そんな時は有耶無耶にされる前に、うるさい! と直接殴りつけて強制的に諌める。
神皇権限があるので、国内ならばギリギリ許されると思いたい。
「ああ、オーストラリアも友好国ですし、口だけは出させてもらいますからね」
日本はオーストラリアにかなり依存しているが、持ちつ持たれつの関係だ。
どちらかが失速したら、もう片方も同じ運命を辿りそうなので、危機を感じたら何とかしないと不味いだろう。
あとは岩倉さんたちの問題を解決するために、無難な案を出しておく。
「岩倉使節団の皆さんは、自然の多い郊外に拠点を移すことを推奨します。
そこなら多少は、体調が回復するはずです」
空気が悪いだけで体調を崩す人も居るので、一度都会から離れて様子を見る。毎日の移動に時間がかかるが、健康第一である。
「とにかく、岩倉さんたちは日本の代表ですので、怪我や病気には十分に気をつけてくださいね」
そう言って私は大きく息を吐き、初放送を締めくくったのだった。
IHKのスタッフが各種機材の電源を落としたことで、ようやく肩の力を抜いた。
お世話係が急須を持って近づいてきたので、私はお礼を言って湯呑に注いでもらう。
「好きに喋らせてもらいましたが、良かったのですか?」
「問題ありません。岩倉使節団だけでなく、日本国民も喜ぶことでしょう」
そんなものかなと、出されたお茶にちびちびと口をつけながら考える。
私は本当に、完全管理社会が嫌いであった。
今は神皇に就いているが、かれこれ三百年以上も日本の最高統治者として君臨し続けている。
事あるごとに表舞台に引っ張り出されて、正解かどうかも不明な助言を口にして、稲荷神(偽)として国民を騙していた。
もういい加減、失敗の許されない綱渡りの人生ではなく、のんびり平穏に暮らしたい。
なのでいつも通り、何の気なしに口にした。
「私もそろそろ神皇を退位して、隠居生活を送りたいものです」
呟きを聞いたお世話係や護衛やIHKスタッフが、それは絶対に無理でしょうという表情で見ていることに気づいた。
しかし、雑草のように踏まれてもすぐ復活するのが狐っ娘である。
「かれこれ三百年以上も、日本の最高統治者をしているのです。
そろそろ肩の荷を下ろして、政治から離れても良い頃なのでは?」
飲み終わって空になった湯呑をお世話係に渡しながら声をかけると、彼女は困ったような表情で返答してくれた。
「しかし、国民が納得しません」
「駄目でしょうか?」
「退位を国民に問われましても、存続が九割以上を占めるのは確実かと」
首を振って残念ですがと返答するお世話係を見ていると、今の日本は完全に狐色に染まっているのだと、否応なしに察してしまう。
こうなったら不正に手を染めることでしか退位できなさそうだが、私はそういった搦め手や悪いことが嫌いだ。
なので結局、自然の流れに身を任せるしかなかった。
「はぁ……国民の総意なら、仕方ありませんね」
私は大きな溜息を吐いて、よっこらせと椅子から立ち上がる。公務が終わったので、これ以上は放送スタジオに留まる必要はない。
「では、また明日の早朝に」
「はい、大本営発表、お疲れ様でした」
手紙の音読と私なりの主観を述べただけだが、番組名が大本営発表とはこれいかにである。
ちなみに意味は、朝廷からの命令を総司令官が控える場所から発信することらしい。
私は神皇なので、朝廷のトップと言える。
さらに自衛隊は直轄の組織で、必然的に総司令官の立場でもあった。
そして稲荷大社の特設スタジオの椅子に座って発信しているので、意味としてはこの上なく正しいことになる。
(でも、何だか色々と間違っている気がするんだけどなぁ)
本来の歴史とはかけ離れた表現な気がするが、それこそ今さらだった。
とにかく私はお世話係に、晴れていたらまた明日の朝に会いましょうと別れの挨拶を言ってから、聖域の森の奥の我が家へと、悠々と歩いて帰っていくのだった。
なお後日談となるが、海外での活動を終えて岩倉使節団が帰国しても、大本営発表の終了を告げることができなかった。
あまりにも人気がありすぎたため、辞めます宣言をすれば、抗議や暴動が起きてしまうからだ。
しかしどんな番組も、いつかは飽きられて下火になる。それまでの辛抱だと前向きに考える。
なので番組ディレクターが、今度は全国から送られてくるお便りを選別して、私がそれを読み上げて本音をぶっちゃける謎番組が始まった。
ちなみに私は週に一回程度の短時間しか利用しないので、普段は稲荷大社の施設として、一般開放されている。
稲荷神様のお座りになられる椅子、または使用されるマイクだとか、小道具一つ一つが崇め奉られるという謎の現象が起きることになるのだった。
さらに余談となるが、岩倉使節団を派遣したことで、アメリカや欧州で日本料理の大ブームが巻き起こった。
日本とオーストラリアでは、ビタミンやら食物繊維、カルシウムといった概念が定着しているものの、海外では何それ状態である。
だからこそ、うちの料理人の謳い文句である健康やヘルシー、肥満や病気予防などといった言葉に惹かれた。
しかも正史よりも種類も豊富で味も良いとくれば、それはもう大流行を引き起こすのは必然であった。
ただ一つだけ海外の人が残念に思ったことは、うちの本職の料理人は岩倉使節団の専属なため、そっちで店を開くつもりはないと言うことだ。
なので現地で飛び入りで弟子になったシェフが欧米一号店を開くといった、日本の飲食店でも料理しているのは全員他国の人といった、未来では割と良くある経営方法になった。
そして乾麺にビタミンやカルシウムなどを加えたりと、日本国内では栄養や健康に対して前よりも気をつけるようになったのだった。




