四十三話 新政府樹立(7) ラジオ
ラジオ番組のパーソナリティを、稲荷神が務めることが正式に決定した。
岩倉使節団が海外に出発するまで、あまり時間が残されていなかったが、基本的には向こうからの手紙に私が応えることになる。
最初はIHK東京のラジオ局を間借りするつもりだったが、何故か稲荷大社の境内に新たなスタジオを建てることになった。
これには私が自ら重い腰を上げることは、殆どなかったからだ。
しかもラジオを通じて、日本国民に向けてメッセージを送るなど前代未聞である。
ならばそれに相応しい建築物と、最高の建材や職人を用意して然るべきだ。
日本の国民にとっては、後々の歴史に残るほど最高の栄誉を得られる、またとない機会だと考えた。
少なくとも巷ではそのような話題で持ちきりで、IHKニュースでも連日流れる程であった。
ちなみに当人からすれば、ドン引きである。新聞や報道を見るたびに、どうしてこうなったと開いた口が塞がらない。
だがしかし、十中八九は私がやらかしたせいだろう。具体的な例を上げようとしても、過去の黒歴史が多すぎて特定できない有様だ。
まあとにかく今さら悔やんでも仕方ない、色々とおかしな国になってしまったが、民衆が幸せに暮らせているのは確かだ。
稲荷神(偽)をワッショイワッショイしてくる以外は、ほぼ満足であった。
正史の日本が今の時期はどうなっていたかは知らないが、幸福度を見ればそれなりに良い勝負ができるのではなかろうか。
なお稲荷大社の境内に新設されるスタジオだが、全国各地から名だたる建築関係の業者が、見積書を提示してきた。
うちは清廉潔白で通っているので、あらかじめ水面下で談合を行ったりしないのだ。
今回はその悪い部分が作用した形になり、とにかく立候補が相次ぐ事態となった。
結果的に、稲荷大社の関係者が十分に目を通して候補を絞った中から、私が一つだけ選ぶことになった。
心底疲れた顔をした神主さんに、泣きつかれたのである。
運命のドローにも慣れたものであり、こうして割と適当に決めた建築業者に、新スタジオの建築を依頼することになったのだった。
岩倉使節団を海外に派遣してから数日が経った。
そして稲荷大社の境内に、私専用の特設スタジオがとうとう完成したのだった。
場所は本宮のすぐ隣で渡り廊下で繋がっている。それこそ、目と鼻の距離である。
なお聖域の森を少しだけ削り、霊験あらたかな木材として利用したらしく、本職が祈祷して念入りに清めた土地に、新しく建設したのであった。
その結果、ラジオ放送を行う施設でありながら、神社仏閣や広大な森といった情景に組み込んでも違和感がなかった。
何と言うか思わず息を呑むほどの荘厳華麗な神社風なスタジオであった。
なお隣にある本宮と比較すると、個人用のスタジオなので、明らかに小さい。
それでも外見的には、何ら遜色ない出来栄えなのだった。
だが私は基本的に引き篭もりなので、放送は多くても週一回程度を予定しているし、さらに言えば真面目に仕事をする気もない。
早朝ジョギングのついでに、片手間で済ませるつもりだ。
さらに言えば、建築に関わった職人たちには申し訳ないが、使節団が帰国したら役目を終えたスタジオは閉鎖する。
なのでその後は他に使いたい人に貸すにしても、私個人はあまり活かされることはないだろう。
それでもこれが岩倉使節団の皆と約束したので、彼らが帰国するまでは続けていくつもりはあった。
(でもこんな放送、本当に需要はあるのかな?)
海外から手紙が届いたその日が第一回放送となり、早朝ジョギング帰りの私は、稲荷大社の本宮の隣に建てられたばかりの特設スタジオに入っていく。
短い廊下を歩いて放送室の扉を開けて、あらかじめ用意してあった新品の椅子に腰を下ろす。
そして政府の役人やIHK番組ディレクターが先に目を通した、岩倉さんが送ってきた手紙を机の上に広げた。
自分の役割を疑問には思うが、約束した仕事は最低限こなさないといけない。
何とか気持ちを切り替えた。
「稲荷神様、ラジオ放送の準備が整いました」
厳しい選抜を勝ち抜いたIHK東京の番組スタッフの一人が、真面目な顔で声をかけてきた。
私は机の上に広げた岩倉さんからの手紙から視線を外し、顔を上げて大きく深呼吸を行う。
「わかりました。始めてください」
気持ちを落ち着けてから、オンエアー中のランプが点灯したことを確認して、堂々と話し出す。
「親愛なる日本国民の皆さん。御機嫌よくお過ごしでしょうか」
あらかじめ番組スタッフとの間で打ち合わせや、一人で何度か練習したので、出だしの挨拶は問題なく進んでいく。
「本日は稲荷神が、岩倉使節団の皆さんの近況を、ラジオ放送を使ってお伝えしていきたいと思います」
本当にこんなのが需要あるのかは疑問だが、日本がこれからの国際社会に乗り遅れたら大変だ。
たとえ聞いている人が少なくても、海外の状況を電波に乗せて配信するのである。
この放送を通じて少しでも他国に関心を持ち、狐っ娘離れしてくれると幸いだ。
なお、私は小粋なトークなど無理だ。極稀に冗談も言うものの、基本的にはいつも本音だ。
なので今回もクソ真面目で面白みがないだろうが、最後までやり遂げるつもりであった。
「では、岩倉具視さんからのお便りを、読みあげます」
これも段取り通りであり、先程簡単に目を通した手紙に視線を向けた私は、堂々と読みあげていく。
「横浜港から出発した岩倉使節団は、予定通りの順路を経て、今はカリフォルニア州のサンフランシスコに滞在しています」
取りあえず途中でトラブルに巻き込まれることなく、無事にサンフランシスコに到着したようで、まずは良かったと思った。
「今後は大陸を横断して、ワシントンDCを訪問する予定です」
アメリカ大陸は広大で、移動だけでもかなりの時間がかかる。
異国文化を学ぶのも大変だし、とにかく長期の滞在になるのは確実だろう。
そして岩倉さんの手紙の内容が一段落したことで、私はあらかじめ宣言した通りに、何の捻りもないぶっちゃけトークを行う。
「トラブルが起きなくて何よりです。
岩倉さんたちがアメリカの文化に触れて、見聞を広めることを期待したいですね」
取りあえず、ここまでは放送開始直前に渡された時に、軽く目を通していた。
次からは完全に初見となるが、小細工なしで本音でしか語らないので、言葉に詰まることはないと楽観視して、堂々と読み進めていく。
「アメリカ合衆国を代表する著名人の方々との会談は、問題なく進んでいます」
つまり異国文化を学習して日本の顔を売り、国際社会で立場を築くという本来のお役目を、立派に果たしていることになる。
できればこのまま、日本の味方を増やしていってもらいたいものだ。
「順調に進んでいるようで安心しました」
何もかも順調に進んでいるように思えるが、私は何となくだが嫌な予感がしてきた。
だがそれが何かはわからないので、取りあえず呼吸を整えて音読を再開する。
「アメリカは日本と大きく異なるようです。
食文化に関しては肉と油を好んで摂取する傾向が強く、体調を崩す者が出始めています。
水も合わずに腹痛になったりと、早くも和食が恋しくなりました」
おっ、おう……としか言えなかった。
ちなみに岩倉さんたちは、日本を出てからまだ一ヶ月も経っていない。
だが早くも死屍累々といった惨状が、ぼんやりとだが見えて来てしまう。
私は返答に悩んだが、すぐには思いつかなかった。
なので取りあえず、もう少し先に読み進めてから、後でまとめてぶっちゃけることに決める。
「サンフランシスコは大都市で、かなりの発展を遂げています。
素晴らしいと思える箇所も、数多くありました」
そこまで音読した私は、手紙の中で岩倉さんが何とか持ち直してくれて良かったと、ホッと小さな胸を撫で下ろした。
だが続きを朗読した時に、一気に急転直下してしまう。
「しかし日本と比べて衛生管理がずさんなため、深刻な環境の汚染が懸念されます。
アメリカ合衆国は産業の発展を急ぐあまり、公害への備えを怠っているように感じました」
私はここまで読んで、腕を組んでうーんと考え込む。
未来はともかくとして、今のアメリカがどんな状況なのかは、想像するしかない。
そして少し前から、世界のあちこちで産業革命が起こり始めた。
国際社会に置いていかれないように、大量生産と大量消費を推し進めるのも無理はない気がする。
ただし例外として、日本は最初から環境保護を重視している。なお、関係ないがオーストラリアも追従してきた。
石炭や石油を使うにしても、有害物質を自然界に垂れ流しにはしない。
きちんと濾過するためのフィルターや浄化槽は用意してあるし、上下水道完備であった。
市場は小規模でも良いので、安かろう悪かろうではなく、質が良く長持ちする製品を心がける。
何しろ、地球資源は有限なのだ。
人類がこの星で生きていくためには、早くからこういった取り組みをしないと、色んな意味で大惨事や手遅れになってしまう。
だがまあ、これは二千年代の考え方だ。
私にとっては当たり前なので、今さら変えようとは思わないし、三百年の間に日本全国にすっかり根を張ってしまった。
しかし諸外国は違うし、大量生産大量消費の基本方針を変えようとするのは至難の業だろう。
私はしばらく考えていたが途中で、何か喋らないとラジオ放送にならないと思い至り、行き当たりばったりだが適当に話しだした。
「食事に関しては、急ぎ料理人と食材を手配しましょう。ふるさとの味が恋しくなる気持ちはわかります。
水は浄化ポットやフィルターを送ってもらいましょうか」
私も戦国時代に飛ばされた当初は、二千年代の日本の食文化と違いすぎて絶望した。だからこそ快適で平穏な暮らしを望んで、これまで頑張ってきたので気持ちはわかる。
水に関しては天然の湧き水を飲んでいたので、自分はそこまで苦労しなかったが、外国で体調を崩したら大変である。
「しかし料理人の手配は時間がかかるでしょうし、先に加工食品だけでも送って、急場を凌ぎましょう」
料理人の入国審査は神皇権限でゴリ押せるだろうから、特に問題はない。
食材に関しても国産かオーストラリア産でないと、舌の肥えた日本人は不味いと感じるだろう。
そして人材の手続きには時間がかかるので、先に調理の手間がかからない加工食品を一足早く送る方針を出す。
「ですが、栄養バランスの偏りが心配ですね。
加工食品や乾麺等にも、ビタミンやカルシウムが含まれていれば良かったのですが」
カップラーメンや菓子パンばかり食べる人が、体調を崩すのは珍しくない。
未来でも同じことが起きていたので、取りあえず口に出したものの、栄養補給を期待するだけ無駄かも知れない。
(ただ単に血糖値が上がっただけかも知れないけど、私にはわからないよ)
この辺りは、いつも通りに明治政府に丸投げすることに決める。
流石に岩倉使節団の派遣が失敗に終わるのをヨシとはしないだろうし、私の発言を受けて、上手いこと手を打ってくれることを期待するのだった。




