四十一話 対馬占領事件(4) 戦艦
<IHK女性リポーター>
文久元年の三月の下旬に、厳しい選抜を勝ち抜いた末に、不穏な空気が漂う対馬へとやって来た。
戦場カメラマンには常に護衛が付くし、安全な場所にいるとわかっているものの、やはり恐ろしいものがある。
だがしかし、歴史的大事件とくれば居ても立っても居られないし、ぜひとも現場を取材したいと考えるのが、筋金入りの報道関係者というものだ。
だがIHKには、報道の自由を掲げて好き勝手する者は殆ど居ない。
ゼロではない理由だが、稲荷神様は二の次であり、食いっぱぐれない安定した職として選んだ者もいるからだ。
それでも給料は一般職より気持ち多いぐらいなので、高給取りを目指す人にはオススメできない。
なお飲み会で私がIHKに勤務していると知ると、妬みや嫉妬よりも関係を迫ってくる輩が非常に多い。
やはり霊験あらたかな稲荷神様に、負の感情を向けるのは躊躇われるからだろう。
それはありがたいのだが、両親や知り合いからも顔を合わせるたびに見合い話を持ってこられるのは、うんざりさせられている。
私としてはいくら二十歳代前半だからとはいえ、今は報道関係の仕事が楽しいのでそっちに専念したい。
そして稲荷神様は生涯独身を貫かれており、三百年以上経った今も常に最前線で活躍し続けている。そういった出来る女としての憧れもあった。
ちなみに彼女からすれば、日本国民の出生率が低下しない程度に頑張って励んで欲しいようなので、本当に気が向いたらだが、相手を探してみてもいいかなと思ったのだった。
日本側の全ての準備が完了して実際に作戦を開始したのは、文久元年の四月上旬になってからだった。
今現在は、最終通告を無視したロシア帝国の軍船ポサドニック号を標的として、報道陣が乗り込んでいる戦艦大和が超遠距離から射撃を行っている最中である。
周囲に響く轟音と振動は凄まじいものがあり、思わず全身が震えてしまうが、射程はこっちのほうが上なので、一方的に攻撃できる。
とはいえ、生まれて初めて感じる戦場の気配を受けて、平静でいられるはずがなかった。
「戦艦大和から今! 砲弾が発射されました!
そのうちの一発が、ロシア帝国の軍艦ポサドニック号に命中したようです!」
何発かは外して水飛沫を上げたが、その中の一発がロシア帝国の軍艦に命中し、大爆発が起きた。
あまりにも凄まじかったので、距離が離れていても肉眼ではっきりとわかった。
私は若手リポーターとして、即興ながらも現場で収得した情報をカメラの向こうの人たちに伝えるために、一生懸命説明をしていた。
「甲板付近に激しい炎が上がっています!」
少しでも正確な情報をと考えた私は、途中から望遠鏡に切り替えて、向こうの軍艦を覗き見ていた。
「小さな爆発が断続的に発生しています!
火の勢いも激しくなり、船体も傾いて──」
生放送は出来るが今回は秘匿情報もあるため、軍部や幕府の指導を受けて編集を行う必要がある。
こちらも後で拡大されるだろうが、ロシア帝国の軍艦が中央辺りでポッキリと折れて、儚くも海に沈んでいった。
「戦艦大和の砲撃を受けて! ロシア帝国の軍艦! ポサドニック号が! たった今轟沈しました! 現在時刻は──」
こういうわかりきった情報だろうと、私は若手リポーターとしての誇りを胸に、元気よく説明を行うのだった。
ポサドニック号が轟沈してからしばらく経ち、海上自衛隊は部隊を分けて各々が任務を遂行することになった。
そのため、私たちIHKスタッフも二組に分かれて行動を開始する。
取りあえず自衛隊が用意した軍用ゴムボートに乗り込んだので、テレビカメラに向かって当たり障りのない説明を行った。
「ポサドニック号が轟沈したことで、ロシア帝国側からの支援砲撃を受けなくなくなりました。
これから対馬に上陸して、住民の救出と敵兵の排除にあたるとのことです」
兵は神速を尊ぶと言うように、海上自衛隊の部隊は次々と対馬に上陸を果たしていった。
その際に林に隠れたロシア帝国の兵士が散発的に射撃を行っていたが、防弾性を高めたモーターボートの速度に照準が追いつかないようで、水面に波紋を呼ぶのがせいぜいだった。
「主軸としての戦艦大和、護衛艦の武蔵。
他にも巡洋艦や駆逐艦隊が派遣され、対馬救出作戦を実行しています。
さらには轟沈したポサドニック号の乗員も、出来る限り救出するようです」
私は番が来るまで、軍用のゴム製モーターボートでカメラマンや他の自衛隊員と待機している。
そして自分たちが乗っている戦艦大和を、もう一度視界に収める。
本来ならば、駆逐艦や巡洋艦から順次建造する予定だったし、現に途中までは予定通りに進めていた。
だがしかし視察に訪れた稲荷神が、軍艦と言えばやはり戦艦大和ですよねと、何の気なしに口にしたのだ。
そのため急きょ予定を変更して、彼女の落書き、もとい設計図を参考にした。
結果、一番艦大和、続いて二番艦武蔵を膨大な時間と資金と人材を投入して、何とか作り上げたのだった。
代わりにその他の駆逐艦や巡洋艦の建造は、何年も前から止まったままだ。
正直一隻作るだけでも膨大な時間と人材、予算がかかるので、大和型の四番艦まで建造すれば元通りの工程に戻すらしいが、あとどれほどの月日がかかるかは、私には判断がつかなかった。
「世界最大の排水量! 三連装砲の口径は! 何と51センチもあります!
それが稲荷神様が直々に建造を命じられた、戦艦大和なのです!」
本当は命じていないかも知れないが稲荷神様が期待していたことは確かなので、細かいことはいいのだ。
ついでに言えば最初は46センチ砲だったが、何やら彼女は51センチに強いこだわりがあるらしく、そちらを無理やり優先した。
そしてたった今、圧倒的な性能が遺憾なく発揮された結果、ポサドニック号は砲撃開始から数分足らずで轟沈し、海の藻屑と消えてしまった。
つまり稲荷様を担ぐ絶好の機会なので、取りあえず乗っておく。
IHKは公平中立を掲げているが、日本の最高統治者をヨイショするのは正しい行いだ。さらには、やるなとは言われていない。
「三番艦信濃と四番艦紀伊も建造中とのことですが、こちらはもう少し時間がかかりそうです」
そして一通りの紹介が終わったので一息ついて、水筒に入れておいたお茶で乾いた喉を潤す。
その間はテレビカメラは大和と武蔵を順番に映して、51センチ砲は浪漫らしいので、稲荷神様の喜ぶ顔を見たいがために、しっかり撮っておく。
ただまあ軍事機密も含まれているので、今回撮った映像の何処から何処までの公開が許可されるかはわからない。
さらに51センチ砲も想定通りの射程や命中精度には及ばず、一度使うと大和本体が何らかの異常をきたすため、定期点検を余儀なくされるなど、まだまだ改善の余地がある。
言うなれば大和型戦艦の試作機の、初お披露目であった。
しかし私もプロなので、妥協はせずに常に全力でリポートしていくつもりだ。
他のスクープ映像はと言うと、銃を撃ったことで逆に位置を割り出されて、艦隊からの砲撃を受けて次々と無力化されていったり、白旗をあげるロシア帝国の兵士を安全な遠方から報道した。
「えー、私たちは海上自衛隊員の方々と共に、上陸作戦に同行させていただきます」
そう言って自分と同じスタッフが、テレビカメラを護衛の自衛隊員に向けて順番に撮影した後に、リポーターである私の位置まで戻す。
海岸線の安全を確保したので、もう銃撃を受ける心配はなく、モーター付きゴムボートでも堂々と上陸できる。
それでも万が一に備えて安全ヘルメットやライフジャケット、さらに少し重いが防弾チョッキは手放せない。
そんな状況で、私は緊張しながら説明を続ける。
「救出任務のほうは、他のリポーターとカメラマンが引き継ぎます。
そちらの放送も、よろしくお願いします」
戦場を報道するのは初めてなので、やはりどうにも勝手がわからなかった。
取りあえず時間が余ったので、同じIHKの宣伝をしておく。
「私たちは最後のチームに同行します」
この説明は何度目だったかなと思わなくもない。
ロシア帝国の兵士が降伏して続々と投降する中で、陸地からかなりの距離を離して大和と武蔵が警戒している。
その甲板に設置された動力付きゴムボートの上で、私は一生懸命をリポートしていた。
戦場カメラマンの安全を確保するためには、念を入れすぎるということはない。
それがわかっていながら、放送ネタはとっくに尽きているので、現場に新しい動きはないものかと目を皿のようにして望遠鏡を覗き、遠くに見える対馬を観察し続けるのだった。




