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稲荷様は平穏に暮らしたい  作者: 茶トラの猫
江戸時代 番外編
211/288

三十話 天草四郎(8) 島原奉行

 大勢の民衆が息を潜めて見物する中で、歴史的に非常に珍しい事件を扱う島原奉行の裁きが、とうとう始まった。


 判決を下す役人は武士の旗本であり、世間的には殿様にもなれる程の人物だ。

 彼は舞台の袖から登場して、座敷の中央に敷かれていた座布団の上に腰を下ろす。


 そして下座のゴザに座らせて待たせていた商船団の重要人物、つまりは犯罪に加担したと思われる者たちと対面する。




 島原奉行は傍に控えていた役人から書状を渡されたので、それを開いて、ここ数日で調べ上げた罪状を順番に読み上げていく。


 正体を隠したうえで障子戸の僅かな隙間から眺めている私としては、まるでぶっつけ本番の時代劇を見ているように感じる。


「──以上が、そなたらが犯した罪である! 相違ないか!」


 私がわざわざ丸一日使って事情聴取したかいもあり、日本の最高統治者を殺害しようとした件以外にも、叩けば埃が出るように、様々な犯罪履歴が事細かに記載されていた。

 これにはぐうの音も出ないだろうと思っていると、商人が異議ありと声を上げる。


「いいえ! お奉行様! それは全て濡れ衣でございます!」


 奥座敷から眺めている私としては、面の皮が厚い商人が、この程度で諦めるわけがない。

 認めたらお先真っ暗だし、そりゃ無罪を勝ち取るために動くよね。と、内心で溜息を吐く。


「しかし、そなたらの商船団は、奴隷の密売に加担していたのはではないか!」


 厳しい取り調べで判明したのだが、加担どころか南蛮商人や堺の豪商、さらには一部の寺院と結託した蜜月の関係らしかった。


 だが彼は、その事実を首を振って否定する。


「あれは何者かが我が商船団を陥れるため! 積み荷に女子供を紛れ込ませたのでございます!

 もう一度調べていただければ! すぐに無罪だと証明されるはず!」


 こう言っているが、島原藩は念入りに取り調べたし、状況証拠はバッチリ揃っている。


 この期に及んでまだ諦めずに、無罪を勝ち取れると疑っていない。

 と言うことは、新しい証拠を捏造するか、無関係な者を犯人に仕立て上げるつもりだろう。


 私はあまり頭が良くないので、彼が何を考えているのかは、それ以上はわからかった。




 しかしその発言を聞いても、島原奉行は罪状を撤回する気は一切ないようで、冷めた目で彼らを見下ろしながら、無慈悲に次の項目に移る。


「では、日本の最高統治者、そして神皇様であらせられる稲荷神様の殺害を企てるだけでなく、あろうことか実行した!

 これに対して申し開きはあるか!」


 本来ならば公平な裁きを行う奉行が、若干声を荒らげて商人たちを威圧する。

 自分の立場が相当アレなので、たとえ無傷でピンピンしていようと、国家反逆罪としてその場で打首や磔にされてもおかしくない。


 だが商人はこれにも躊躇うことなく、大声をあげて反論する。


「それこそ誤解であります! 我々は稲荷神様をお救いしようとしたのでございます!」


 奥座敷に隠れている私は、何のこっちゃと思わず首を傾げる。

 島原奉行や記録係を勤めている役人たちも同じだったらしく、話の展開についていけずに一時的だが怒りが鎮火する。


「話が見えんな。理由を説明せよ」


 島原奉行が続きを促すと、商人は待ってましたとばかりに喋り始めた。


 その内容を簡単にまとめると、船員の一部にどうやら賊が混じっていたらしい。


 彼は突如乱心して私に斬りかかってきた、近づくと危険なため、やむを得ず護身用として持っていた火縄銃を一斉に発射して、撃ち殺した。

 だが不幸なことに、狙いをそれた何発かが稲荷神様を掠めてしまう。


 なお他の船団にも紛れ込んでおり、大砲を使って彼女を仕留めようとした。

 そちらも海上自衛隊が到着する前に、何とか鎮圧することができたが、結局犯人たちは証拠を残すことを恐れてか、自ら海の藻屑となった。


 その際に、弾丸を掠めたり大砲で命を狙われた稲荷神様は大いに取り乱していたため、間違った事実を証言してしまったのではないか。




 障子戸の向こうで聞いていた私は、そう堂々と言い切った商人の面の皮の厚さに呆れて、物が言えなくなってしまった。


「稲荷神様を殺害したという事実を作り上げることで、我々に罪を着せようとしたのでございます!

 幸いにして心当たりがありますので、そちらを調べていただければ──」


 ようは死人に口なしで、どうとでも証言できる。


 なおそれとは関係ないが、私が江戸に帰る日はあらかじめ告知されていた。

 行きに乗ってきた船は帰還したし、混乱に拍車をかけるため居ないものとして扱い、ずっと島原城に泊まり込んで書類仕事をしていた。


 ついでに今も町娘に変装してお忍び中なため、この場に居ることに気づいてないのか、さっきから言いたい放題である。


 時間を稼いで弱みと裏金で証拠と証人をでっち上げれば、無罪を勝ち取れると考えているのだろうが、そうは問屋がおろさない。




 いい加減我慢の限界だった私は、座布団からすっくと立ち上がる。

 そしてお世話係に奥座敷の障子戸を開けさせて、大勢の見物人が何事かとざわめく中で、舞台の中央を目指して真っ直ぐに歩いて行く。


 裁きの途中でも気にしない。

 躊躇うことなくお奉行さんの前へと躍り出た。


「相変わらず、良く回る舌ですね」

「なっ、何者ですか!」


 まるで気づかないことを指摘された私は、お忍びのために藁傘をかぶったままだったことを思い出した。

 なので紐を緩めて外し、乱雑に放り投げる。


 これで特徴的な狐耳が見えるので、村娘を装っていても、悪徳商人にはもう言い逃れはできない。

 ついでに少々逆立っている尻尾も、和服の隙間から外に出す。


「私の顔、見忘れましたか?」

「げえっ! あっ! 貴女様は!?」


 商人どころかゴザに座っている他の容疑者たちも、揃って青い顔をして体を震わせているのが、はっきりとわかった。


「なっ、何故ここに! 江戸にお帰りになられたのでは!?」


 黙って罪を認めるならまだしも、他人になすりつけようとする腐った性根に、私は怒っていた。

 なのでいちいち説明する気にもならず、どう返してやろうかと考える。


 するといつの間にか傍に控えていた近衛とお世話係が前に出て、自分の代わりに大声を出す。


「控え控えーい! この狐耳と尻尾が目に入らぬか!」

「この方をどなたと心得る! こちらにおわすは、朝廷より神皇の位を譲られた稲荷神様であらせられるぞ!」

「一同頭が高い! 控えおろう!」


 別に打ち合わせをしたわけではないが、お供は息ピッタリであった。

 気のせいか声に怒気が乗っているので、先程からの私に対して言いたい放題が、余程腹に据えかねたようだ。


 ゴザに座った罪人たちは皆、震えながら青くなった頭を地面に擦りつける。見事な土下座を披露していた。


「「「はっ! ははーっ!」」」


 しかし勢いで飛び出したものの、私は相変わらず思いつきで行動しているため、この後どうしようかと思い悩む。

 あとはお奉行様にお任せしますでは、何となく格好がつかないので、取りあえずは流れに乗っておくことにする。


「奴隷販売に加担するだけでなく、偽りの証言で悪事を揉み消す!

 さらには無関係な他人に濡れ衣着せようなど、言語道断!

 その罪、万死に値する! 潔く腹を切りなさい!」

「そっ、そんな! どうかお慈悲を!」


 商人は往生際が悪く、まだ何か喋ろうとするので、私を彼の言葉に被せるようにして大声を出した。

 はっきり言って思いつきの見切り発車なので、下手に追求されるとボロが出るのは確実なのだ。


 この際、反論の余地を許さずに罪人はさっさと留置所送りにしたほうが、安心であった。


「引っ立てなさい!」

「「「ははーっ!」」」


 島原奉行の用意した護衛たちが顔面蒼白の犯人グループを取り囲んで縛り上げ、乱暴に連行していく。

 いつも通りの勢い任せの割には、辛うじて軟着陸させられて良かった。


「これにて、一件落着です!」


 そして終わりよければ全てよしの精神で、多少強引でも片付けてしまうことが重要である。

 私は区切りをつけたので、元の障子戸の向こうへと、近衛とお世話係と一緒に退避する。


 盛大にやらかすのはもはや珍しくないが、今回は見物人が大勢居るし、心構えをしていなかった。

 事が片付いて冷静になると、物凄く恥ずかしくなったのだった。




 その後、少々体裁が悪いが切腹を取り消して、彼らからはまだ聞き出すべき情報が残っているので、より厳しく取り調べを行わせた。


 結果、全ての罪状に相違ありませんと素直に認めることになった。


 そもそも日本の最高統治者は、その気になれば白も黒に染められるので、私が犯罪者にかける慈悲などないと言い切った以上、もはやこれまでと諦めたのだろう。




 なおその時の情報で、宣教師を通じて日本人奴隷を海外に売りさばいていたことが発覚した。

 天草四郎の商家も犯罪に加担しており、神の子は嘘で体の良い隠れ蓑だったのだ。


 島原藩への敵対を煽り、宣教師との結び付きを強める。

 さらには奴隷を効率的に手に入れるための、たんなる駒だった。

 盲目の少女の治療や水の上を歩くなど、信心深い者たちを騙すための巧妙な策。と言ったように、知りたくもなかった事実が、芋づる式に明らかになってしまう。


 なお実際に天草四郎と面会する機会があったが、彼はちょっと賢い男の子で、それ以上でもそれ以下でもなかった。


 両親や親族がやらかしていだけで、自ら進んで犯罪行為をしていたわけではなかったが、向こうが稲荷神様(偽)を目の前にして興奮状態だった。

 なので私としては引き気味になりつつも、噂は噂に過ぎなかったと結論づけたのだった。







 ちなみに今回の件は、宣教師が信仰を隠れ蓑にして悪事に手を染めていたため、過去にフロイスさんと交わした約束通り、締めつけを厳しくすることになった。


 しかし既に信仰しているキリシタンは例外で手を出さずに、宣教師のみを日本から締め出した。

 文通相手であるローマ法王の顔を立てるのと、私は傷一つなかった。あとは真面目な信者も居ることを考慮した精一杯の譲歩であった。




 だが今後は他国の貿易商と同じように、出島から出るには許可証が必須となるし、過ちを繰り返さないために厳重な監視もつく。


 今までも警戒はしていたが、まさか島原藩で協力者を作るだけでなく、堺の豪商や他宗教である仏教徒までもが、不正に手を染めていたとは思わなかった。


 あまりにも規模が大きい話なため、これ以上はもはや私の理解が及ぶ範疇ではない。

 そもそも背後関係にはさほど興味がないため、その辺りは本職に任せて、いい加減我が家に帰ってゆっくりしたかった。




 とにかく、島原藩の問題はこれにて一件落着したことは確かだ。

 これからは芋づる式に犯罪者を検挙したり、売られた奴隷を買い戻さなければいけないが、そっちは追々である。


 それは幕府や各藩の役人の仕事だし、私ができるのは奴隷の買取に便宜を図るように、ローマ法王に一筆書くぐらいだ。

 彼の胃がまたヒギイするだろうが、悪事に手を染めたのは南蛮側なので、この際使える伝手は有効活用するべきだろう。




 なお今回の奉行所の裁きを見ていた見物人か、それとも藩主が広めたのかは不明だが、私がキリスト教を隠れ蓑としていた悪徳商人を懲らしめたと、そんな噂で持ちきりとなる。


 結果、今まで宣教師が築いてきた足場が見事に瓦解して、代わりに私がワッショイワッショイと持ち上げられることになった。

 キリスト教から稲荷教に改宗する者が、大勢現れたのだ。


 それはもう上を下への大騒ぎであり、まるで民族大移動のように次々と狐色に染まっていった。

 なので今回の事件のことを、後世では島原の乱と呼ばれることになるのだった。







 それから少し時は流れて、幕府の役人が数名派遣されてきたので、私は入れ替わるように江戸に帰ることになった。


 できれば執行猶予期間のうちに領地を立て直せれば良いなと思いながら、海上自衛隊が用意してくれた最新の蒸気船に乗り込む。


 一息ついたあとに甲板に立って、遠ざかる島原城をぼんやりと眺めた。


 潮風に狐色の髪を揺らされながら、神の子が偽者だと判明したので、もう自分が穏便に退位するまでこの国の舵取りをするしかないかもと、内心で大きな溜息を吐くのだった。

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[一言] 遠山の稲荷神あるいは暴れん坊稲荷神
[気になる点] 「余の顔を見忘れたか」を入れて欲しかった
[良い点] 暴れん坊稲荷様
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