三十話 天草四郎(7) 大砲
甲板で武器を持って襲ってきた者たちは全員無力化したので、次は船内の捜索に思考を切り替える。
ようやく一息入れた私だったが、他の船の大砲がこっちを向いていることに気づく。
どうやら一番大きな武装商船がやられたことで、次は自分たちの番だと理解したらしい。
つまり彼らは今ここで私を仕留めて、何もかもを海の藻屑とすることに決めたのだ。
奴隷取り引きを行い、日本の最高統治者に銃口を向け、さらには悪魔呼ばわりした。
実際に殺す気満々だったので、犯罪に加担した者たちと言うだけで、もはや言い逃れはできないほど真っ黒である。
当然進退窮まるため、私を亡き者にして逃亡するしか生きる道は残されていない。
まあ確かに、相手が普通の人間なら、それも可能だろう。
しかし私は中身はへっぽこだが稲荷神を自称しており、実際にそれっぽい力を持っている。
「大人しくやられるつもりはありませんよ」
周囲の船団から次々と発射される大砲の弾だが、こちらも狐火を連続で撃ち出す。
銃弾を指で摘むことが可能な私にとっては、砲弾を迎撃するぐらい余裕であった。
全てが空中で金属もろとも燃え尽きるか、火薬が詰まっていたのか盛大に爆発して、衝撃で船が少し揺れたが、それだけであった。
「何とかなって良かったです」
もし船に着弾したら、甲板や壁に大穴を開けていたかも知れない。
かつて比叡山では矢を吹き飛ばしたが、今回は純粋に火力特化の攻撃を放ったのだ。
放物線を描く軌道だからこそ、可能な対処法であった。
やれやれと一息ついた後は、次はこちらの番だと、周囲の商船に向けて狐火を構える。
だが犯罪者とはいえ、知らずに悪事に加担していた乗組員も居るかも知れない。
それ以前に木造船なのでそちらに燃え移るのは確実で、死傷者が大勢出ることが予想される。
南蛮商人も混じっているかも知れないが、ざっと見た感じでは殆どが同じ日本人だ。
私としては殺して終わりではなく、法廷で会おうで済ませたい。
何よりまだ何の重要な情報も聞き出せていないし、被害者に謝罪もせずにこの場で死んで楽になる。
結果的に事件の一部が永久に迷宮入りなど、断じて許さない。
「これは困りましたね」
なるべく殺さずに無力化できないこともないが、周囲の武装商船の大砲は依然としてこちらを向いている。
この船を守りながら戦うのは、かなり面倒そうだ。
かと言って、悠長に考えている時間もない。
下手をすれば自分を無視して転進し、行方をくらますかも知れない。
何しろ私は囚われの奴隷を助けるために乗り込んだので、この船を離れられないのだ。
追い詰められているのはこちらも同じであり、どうしたものかと悩んでいると、島原藩に拠点を置く海上自衛隊の船団が、急速接近していることに遠目で気づいた。
やがて向こうも肉眼で確認したらしく、ここで私を仕留めるか自衛隊を迎え撃つか。
それとも尻尾を巻いて逃げるかで意見が割れたのか、甲板上で言い争いが起き、大混乱している。
本来ならこの場で命令を下せる立場の者は、顔面に青あざを作って完全に気を失っているので、もはや収拾がつかなかった。
結局その後は海上自衛隊の鉄で出来た船舶が警告を発した後、超遠距離から砲塔を商船団に向けて威圧する。
そして白旗が上がったことを確認して接舷。こうして奴隷商人たちは、めでたく一斉検挙となったのだった。
その後の私はと言うと、本来ならば島原藩に留まるのは一日かもしくは二日の予定だった。
しかし、まだ神の子の正体が掴めていない。
ついでに大事件が起きて一日潰れ、その後の事情聴取を二日目も使ってしまった。
なので、無理を言って延長をお願いしたが、立場的に何の音沙汰もなしでは不味い。
乗ってきた船に伝言役を乗せて、彼だけでも先に帰すことになる。
ようやく一段落した私は、これで次の日は天草四郎を訪ねられると考えたが、そうは問屋が卸さない。
何しろ彼の実家が奴隷の販売先である南蛮商人と繋がりがあるため、容疑者リストに含まれていた。
なおそれだけではなく、島原城の者たちがぜひとも稲荷神様のお知恵をお借りしたいと、再度の土下座を行ったのだ。
結果、私は天草四郎の家の取り調べが一段落するまでは、泊まり込みで臨時職員をやるハメになってしまう。
それに今の領内では、キリシタンや南蛮商人が日本の最高統治者に危害を加えた。
そんな100パーセント事実の噂が広まり、大混乱しているのだ。
もしそこに当人が飛び込んだら火に油であり、余計混沌とするのは目に見えている。
なので久しぶりに事務室に泊まり込み、飯風呂寝る以外は、書類仕事にせっせと励んだ。
しかし自分は別に知恵者ではないので、遠方の江戸幕府と船便でこまめに連絡を取りながら、本当に賢い人に案を出してもらい、島原藩の立て直しを図ったのだった。
日本の最高統治者が武装商船団に単身乗り込んで大暴れして、七日の時間が経過した。
領内も落ち着いてきた……とはいかずに、何故か過去最高の盛り上がりを見せていた。
理由は本日の午前十時、日本の最高統治者で稲荷神様に危害を加えた悪徳商人に対して、厳正な裁きが行われるからだ。
一体何処から情報が漏れたのかは不明だが、そんな歴史的にも非常に珍しい裁きをひと目見ようと、島原奉行所には大勢の人が押しかけていた。
普段はお裁きの最中は部外者は立入禁止にしているが、島原藩とキリシタンは犬猿の仲だ。
それゆえに下手に規制して暴動が起きたら収拾がつかなくなるため、裁きの妨害をしたら即刻退去することという特例を出した。
ちなみに私も、島原奉行がどのような判決を下すのか、とても気になっていた。
なので火に油を注ぐのを避けるため、お忍びで裏口からこっそり入らせてもらった。
今は島原奉行所の奥座敷に、分厚い座布団を敷いて腰かけている。障子戸により、表から見えない安心設計だ。
お忍び用として村娘の服を着たお世話係が、熱い緑茶と饅頭を用意してくれたので、それをいただきながら、のんびりと裁きの開始を待つ。
奉行所の役人たちには、自分が出張って騒ぎになったら困るので、黒子のように居ない者として扱うようにと、厳命している。
今日はただの見物人として大人しく座って眺めているつもりだ。
ちなみにここは、私が時代劇を参考にして提案した奉行所であり、大変画期的なシステムだと驚かれて、瞬く間に各藩に導入される運びとなった。
そんないつものやらかしはさて置き、いよいよ歴史的に非常に珍しい裁きが、島原奉行所で開かれるのだった。




