二十四話 北海道(8) イナリ運輸
時は流れて永禄十一年の秋になった。
私は聖域の森の奥にある我が家の縁側に座り、楽しそうに庭を駆け回る狼たちを眺めていた。
最近発売された栗饅頭を小さな口に運んでは、時々熱い緑茶で喉を潤す。
そして、これまで色んなことがあったなーと、過去を振り返る。
まずは江戸幕府が立ち上げた稲荷運輸だが、最初から順風満帆とはいかなかった。
全国的に街道の整備を進めているため、雨が降っても多少ぬかるんだり、水たまりができるだけ済んだ。
なので車輪がハマって動けなくなる程ではない。
だがそれでも、馬車は激しく揺れるのだ。
人や物をたくさん乗せて長距離を移動できるという利点はあるが、これには堪えた。
対策として全国で綿花を栽培させているので、座布団を敷いて衝撃を緩和した。
それでもあまりの揺れに嘔吐する者が多数出てしまったり、積んでいる物資も破損したりと散々であった。
しかしそのおかげで、協力を要請した職人の一人が、サスペンションに近い何かを思いついた。
実用化までは四苦八苦があったし、結局未完成なままで組み込むことになったが、揺れは多少なりとも緩和されたので、とにかくヨシであった。
なお広告に関してだが、当初の予定では運営しているのは江戸幕府の親方日の丸なことから、徳川の家紋のはずだった。
しかし、ここで何故か私が最初に描いた親猫が子猫を咥えて移動する絵、それを狐に差し替えたものが採用された。
自身が黒猫の運送屋に習って監修したモノを全国にお披露目するとは、私にとってはある種の黒歴史であり、下手をしたら精神的な拷問にも等しい。
だが今さら中止にはできないため、渋々ながら認めることになる。
試験運転中の乗合馬車は、取りあえず江戸の町を走り回るのだが、目撃した民衆の評判が良いのは、不幸中の幸いだった。
自分の書いたデフォルメされた親狐が我が子を咥えて運ぶ姿のイナリ運輸を見た人たちは、何ともほっこりした気分になるらしい。
それでも黒歴史が日本中に拡散されているには変わりなく、私は非常に小っ恥ずかしく感じるのだった
なおサスペンション(仮)だが、一年に一度行われる日本勲章授与式で表彰することになった。
他にも受賞候補者が多数出たので、選抜に苦労するという嬉しい悲鳴があがる。
しかしここ最近、毎年これをするたびに思うことがあるのだ。
(征夷大将軍を私がやる意味って、もうなくない?)
未来の知識で賢くなった民衆たちは、オーバーテクノロジーとも言える新製品や新技術を、次々に生み出している。
例えば今回招いた塩職人さんは、塩田効率を従来よりも大きく引き上げたらしい。
これは正史の江戸時代には行えなかったことを、私の助けなど全く必要なく、日本国民自身で成し遂げたのだ。
本当に素晴らしい快挙だと、小さな胸を張って断言できる。
だが国民が数々の偉業を成し遂げるというのに、最高統治者は場当たり的な判断しか下せずに、頭もあまり良くない。
さらに、体が成長せずに寿命が長いだけだ。
優れた治世者になるのは諦めているし、最初から徳川さんにバトンタッチする予定である。
ただそれは、思ったよりも早く来そうだ。
日本統一に続いて、五穀豊穣RTAも早かったなーと、良いことなのだが、我ながら少し拍子抜けであった。
また、各地に築いた駐屯地で日夜訓練を続けている自衛隊も、大活躍している。
最初は上手くいくのが不安でいっぱいだったが、未だにしぶとく存在する野盗や山賊などを退治したり、付近の町村を定期的に見回ることで、治安維持に貢献している。
さらに大型で危険な野生動物の駆除や災害救助、やっていることは自衛隊だけでなく警察や消防や猟師、その役割は多岐に渡るが、給料もきちんと支払っているので、今の所は文句はでていない。
しかし平和すぎて忘れ気味だが、まだ戦国時代が終わってからそこまで時間は経っていない。
元々血の気の多い侍が固まっているので、何がキッカケになって暴走するかは不明で、自衛隊と地域住民との間に、確固たる信頼関係が築けているとは言い辛い。
せめて町村の隣に駐屯地があるのが普通だと思うぐらい、身近な存在になってからにしないと、要らぬトラブルが発生しそうだ。
だがまあ、今の所は割と上手くいっているので、もうしばらくは様子を見る必要がありそうだ。
あとは、北方の蝦夷との交渉は、現状では上手く行っている。
なので手が空いた役人を十分に労ってから、次は南に向かわせた。
その際に、長期の航海中の船乗りがかかる病気のことを、呪いだ何だと言っているようだ。
だがそんなもの、私に言わせればただの栄養失調だ。
しかしながら、今すぐに証明する手段もない。
取りあえず今は稲荷神様のありがたいお言葉として、船乗りに徹底させるしかないだろう。
ちなみに対処法は、長期保存が可能な栄養に優れた食べ物だ。
原因はわかっているので、対処は容易である。
とにかく航海中でも、栄養バランスに優れた食事を取り続けることだ。
特に野菜は重要であると、大雑把な方針を出して、あとは現場に丸投げである。
幸い最近になってガラス瓶が実用化されたので、保存食作りが捗る。
なので長期間腐らず、さらに栄養と味を落とさない食事を作るため、料理人たちに協力を要請しておいた。
それに伴い、お正月に各地の大名に大陸の危険性と、敵を作らずに面倒を避ける重要性を口頭で説明する。
特に隣の半島や大陸は触るな危険なので、適度に距離を取って貿易のみに留めるのが賢い選択である。
少なくとも未来で平凡な女子高生だった私は、ある程度の実感を持って発言したのだった。




