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稲荷様は平穏に暮らしたい  作者: 茶トラの猫
戦国時代 番外編
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二十二話 幕府を開く(10) 病魔

 無事にとは言えないがお別れ会を終えた次の日、三河国への帰路は船ではなく陸を行くことになった。

 その際に、神輿ではなく犬ぞりに乗れるのが救いだった。


 なおこうなった経緯だが、武田さんから、せっかく機会なので甲斐にも指導をよろしく頼む。と、書状が送られてきたからだ。


 これに対して今川さんがじゃあうちもと言ってきたので、私は堂々と本音で語った。


「武田さんの領地は、謎の奇病が発生しています。

 なので一刻も早い原因究明と解決が急務であり、超法規的措置と言えます」


 流石に今川さんたちのお供は、皆黙るしかなかった。

 だが、もし時間か余裕があればお願いしますね。と言ってきたので、行けたら行きますとお断りの常套句を返したのだった。







 奇病の原因究明、出来ることなら解決し、苦しむ甲斐の民を救うという大義名分が出来てしまった。

 そして私が訪れることは既に知らされていたらしく、行く先々の町村で歓迎された。


 なお時間が勿体ないので、それら全てをお断りし、犬ぞりを走らせ続けた。

 それでも道中に困っている人が居れば助け、悪人を見つけたら即刻成敗していった。


 焦らずに落ち着いて冷静に急げとか、多分そんな感じの滅茶苦茶な移動である。


 ついでに北条家の人たちもくっついてきたので、さらに大所帯となっているが、斎藤さんだけは立地的に離れているためかお供を寄越さないので、少しだけホッとするのだった。







 同行者の目的だが、今日本で一番発展している岡崎城下と長山村を直接見て調査することで、密偵や忍びとは違った視点から、最新の情報を堂々と得たいらしい。


 なのでお供と別れるのは、私が実家に帰ってからとなる。




 実際のところ、私は他人に守られるほど弱くない。護衛など必要ありませんとお断りしたいところだが、自分の立場的に万が一があったら不味い。


 それに自分の護衛はついでで、稲荷神の教えや行動を見て聞いて学ぶことが本来の目的なので、まあ別にいいかと承諾するのだった。







 命の危険がある整備不良の街道を通り、山越え谷越え川越えて、道中で笑いあり涙ありの色々なドラマがあったが、長くなるので全カットだ。


 もし私の死後に実写ドラマ化されるとしたら、人数を絞った痛快時代劇になるかも知れない。


 まあ全て自分の想像なので、本当にそうなるかはわからない。

 各勢力の者たちが事細かに日々の記録をつけているので、可能性としては高そうだ。


 その中でも、織田領からやって来た太田牛一おおたぎゅういちさんは特に熱心で、事細かに記録を取っている。

 将来は稲荷神公記と称して、十六巻ほど書き溜めたら、順次発売して世に広めていくらしい。


 まさか止めてくださいと言うわけにはいかず、そうですかと言葉を返して、将来の歴史的資料として重宝されないことを願うばかりであった。







 武田さんの領地に入って数日が経過し、私たちは甲斐の中でも奇病の被害が酷いと言われている地域に向けて、荒れ果てて草茫々で、獣道程度しか人の歩いた痕跡が残っていない街道を、ゆっくりと進んでいた。


 本当に人の往来が途絶えて久しいのか、細いが踏み固められた中央部分だけは維持されている。




 しばらく進んだ時、狐耳が近くの川のせせらぎを捉えた。

 そこで私は、手を上げて犬ぞりをゆっくり止める。


「全員、止まってください」


 近くの本多さんが馬を止めて、狐耳をピコピコ動かして何者かに警戒する私の近くにゆっくりと寄り、小声で疑問を口にする。


「また野盗でござるか?」


 彼の質問に対して、私はいつも通り稲荷神らしく、真面目にはっきりと返答した。


「いえ、野盗とは比較にならない程の恐ろしい相手が、この近くに潜んでいます」

「なんと!?」


 私の答えを聞いて戦い慣れた護衛たちは、自分を中心にして速やかに円陣を組む。




 なお今の発言は正しいが、同時に重要な部分を説明していない。

 なのでそれを訂正するために、まずは武器を構える必要はないと伝えた。


「潜んでいるのは不可視の病魔です。貴方たちが束になっても敵う相手ではありません」


 ほんの微かな川か、もしくは用水路のせせらぎが聞こえた瞬間、私の中の何かが警鐘を鳴らしたのだ。

 この先に進むと確実に死人が出ると。


 だから歩みを止めたのだが、それに納得できないお供の一人が声を荒げる。


「しっ、しかし! 稲荷神様! この先には、重病人が多く居る村があるのですぞ!」


 私たちは奇病に冒された患者を診断するため、もっとも被害が酷い村に向かうつもりだった。


 進むのを止めたのは、直感としか言いようのない奇妙な感覚だが、自分には何故か、今この場においてはもっとも正しい選択である。

 根拠は何もないのに、そう確信していた。


「稲荷神様は人間は病魔に勝てぬと申された!

 だが京の都では、多くの怪我人や病人を救ってきたではありませぬか!」


 私は口元に手を当てながら、彼の言葉について考える。


 確かに元々自分が生きていた日本では、甲斐の奇病など全く話を聞かなかった。


 つまり人類の医療技術が発達したおかげで、原因を究明して根絶したのだろうが、残念ながらそれを今すぐやれというのは難しい。


「私の教えた医学は、まだ病魔を駆逐するには至っていません。

 今は予防策を講じるのが精一杯で、奇病から回復させるのは、一朝一夕には──」


 残念そうに首を左右に振る自分を見て、周囲の者たちは皆悔しそうな表情を浮かべる。


 そんな中、感情が抑えられなかったのか、武田領の者が声を荒げて私を叱責した。


「では稲荷神様は! 奇病に冒された者たちを見捨てると申されるのか!」

「そうは言っていません」


 この先の村への道案内を買って出ていた彼は、悔しそうに拳を握り締める。その心情はわからなくもない。


 私はさり気なく、稲荷神を叱責した罪は負わせなくても良いと、周りのお供にそれとなく伝える。


 しかし彼は感情が暴走しているのか、なおも言葉を重ねる。


「申しておるのと同じよ! この先に進めば病魔に冒される! 故に見捨てるとな!

 あの村は俺の生まれ故郷だ! これで家族や知人、村の者は皆助かると信じて、いた……のに!」


 だから別に私は、この先の村を助けに行かないとは一言も口に出していないのだ。


 なのに何でここまでボロクソに言われなければいけないのか。これがわからなかった。


 だが、いつまでもお通夜のようにどんよりとした雰囲気と、稲荷神に対しての立て続けの暴言に、キレそうになっているお供の者たちを放っておくのは非常に不味い。




 なので私は、場を仕切り直すために両手をパンパンと叩いた後に、小さく咳払いしてから真面目な表情で口を開く。


「先程も言いましたが、私は村を見捨てるつもりは一切ありません」

「どっ、どういうことでござるか?」


 別に勿体つける趣味はないので、私は小さな胸を張りニッコリと微笑む。

 そして今いち事態が掴めない彼の質問に答える。


「人間には死に至る病であろうと、私には効きません」

「まっ、まさか!?」

「はい、この先には私一人で向かいます」


 自信満々にそう宣言して、犬ぞりからヒョイッと地面に下りる。


 しかしその前にあることを済ませるために、何故か頑丈そうな鉄の棒を持っていたお供に声をかける。


「少し借ります。壊したらごめんなさいね」

「いっ、いえ、お構いなく」


 一体何を始めるつもりなのかと困惑するお供から鉄の棒を借りて、私は躊躇うことなく地面に突き立てた。


「今から病魔が発生していると思われる地区の、境界線を引きます。

 私が戻るまで、決して中には踏み入らないように! ……では行ってきます!」


 そう言って私は、砂埃が起きるほどの速度で疾走を始めた。

 鉄製の棍棒を地面に突き刺したまま、直感を頼りにして、円ではない割と歪な線を引いていく。


 甲斐の山中や森林の段差や障害物など何のそので、広大な領地のあちこちを縦横無尽に駆け回ることになったのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 稲荷に食い付いた武田使節の武士は土豪っぽいですし、お前らに出来る事はないからここで寝ていろと暗に言われ無力感に苛まれないか心配です。 [一言] 仕方ない、どうにもならないで諦めるしかな…
[一言] この武田側の新入りは教育が足りていませんねぇ 稲荷様を心から信仰出来るよう、皆で囲んで啓蒙してあげなきゃ(使命感) 安心と信頼の稲荷神パワーによるゴリ押し解決法 信仰が増えたからか、神通力…
[一言] 感想を見て、サイ○ラッシュというよりサイ○ブラスターじゃね?と 性別的に             動きを見てるとマホ○トールっぽく見えるけど 入れないのは人のみという どちらにしろワッショ…
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