九話 藤波畷の戦い(2) 野盗
野盗の拠点はすぐに見つかった。
狼たちの追跡及び索敵能力は優秀なようで、街道から逸れた山中の天然の洞窟に十人が住み着いているようだった。
村から比較的近かったことから、灯台下暗しと言った所だろうか。
茂みに潜んだ私は索敵で得た情報と村人からの証言をすり合わせ、藁傘で隠したままの狐耳を澄ませたり、目を凝らして洞窟内部を観察したりと、徹底的に調べ上げた。
それらの過程があり、略奪の限りを尽くした野盗の拠点がわかったので、後はやることは一つである。
「貴方たちはこの場で待機していてください。決して茂みから出てこないように」
「わかりました!」
村の若い男は皆、今川との戦に借り出されている。
そのため残っているのは、まともに戦えない女子供か老人。もしくは怪我や病気で満足に動けない者しか居なかった。
だからこそ野盗に狙われたのだろうが、正直そんな事情はどうでも良かった。
突撃する前に念の為にもう一度狐耳を澄ませて、周囲に敵が潜んで居ないかを調べる。
さらに護衛の狼を置いて、道案内してくれた村人を守らせる。
準備万端となった私は小さく頷き、いよいよ茂みから抜け出した。
そして真正面から堂々と歩いて近づく、山中の天然洞窟の入り口を見張っている二人の野盗の前に姿を見せる。
もし他に入り口があったら逃げられてしまうかも知れないが、その時は走って追いかければいい。私は誰一人逃がすつもりはなかった
洞窟の影に隠れて微妙に見えないが、野盗に乱暴される女性たちの悲鳴を聞かされながら、心の中で怒りの炎を燃やして、外に立っている二人の護衛の前に立つ。
「ああん? 何でこんなところにガキが居るんだ?」
「さあな? だが見ろよ! あの豪華な服! 値打ちもんに違いないぜ!」
「確かに! 異人のガキってのも珍しいし、両方高く売れそうだ!」
本人の目の前でベラベラとよく喋る野盗だ。しかしそれも無理はなく、彼らはきっと私をただの子供と思い込んでるのだろう。
山奥に一人で乗り込んでくる時点で明らかにおかしいが、良く見たら見張りの二人は顔が赤く、ふらついている。
酒をかなり飲んで泥酔している証拠だ。
きっと村から奪った物資で盛大に飲み食いしているのだろうが、あまり時間をかけると取り返す分が減っていくため、これはさっさと片付けたほうが良さそうだ。
なので私は、見張り二人のすぐ近くで足を止めて、堂々と発言する。
「今すぐ降伏し、村から奪った人や物を全て返しなさい。抵抗するなら排除します」
「このガキ、気が触れてんのか?」
「抵抗すると俺たちはどうなるんだ? お前のような貧弱なガキに、一体何ができるんだ?」
見た目はまるっきり子供なので、何を言ったところで聞く耳を持たないことは、わかっていた。
だが想定の範囲内であったので、私は忠告はしたからと心の中で言い訳をして、下卑た笑みを浮かべる見張りの二人に数歩近寄る。
そして片方の見張りの顔を右手で殴り、もう片方の腹を左足で蹴りつけた。
すると、衝撃を殺しきれなかったのか、洞窟内部に向かって吹き飛び、色んな物を倒しながら転がる。
それからすぐに、野盗たちと村から攫われた女性の悲鳴が響き渡った。
「あと八人ですね」
一応は手加減したつもりだ。
そもそも岩盤すら破壊する力をそのままぶつければ、頭がパーンやミンチは確実である。それを内臓破壊や複雑骨折で済ませているのだから、誰がなんと言おうと手心を加えているのは間違いない。
しかしイノシシはともかく、人に暴力を振るったのは今回が初めてだ。どのぐらいの力で死ぬのかは、ちょっとよくわからなかった。
(無力化するのに手間取れば、人質が危険だし)
野盗の十人を手早く片付けるには、とにかく敵に時間を与えてはいけない。
なので、もし殺してしまっても仕方ないことだと私は割り切って考えたのだった。
洞窟の通路は広かったが、流石に残り八人が取り囲めるほどではなく、せいぜい正面に三人が横に並ぶと、これ以上は武器を振るのに邪魔になりそうだ。
「だっ、誰だお前は!」
「物資と村人を返して、降伏しなさい。抵抗すれば排除します」
簡潔にそう告げるが、残り八人はそれぞれ刀やナタ、片手斧等を持って油断なく私を観察する。
行為の最中だったようで殆ど裸同然の者も居るが、こんな状況で男性の股間が見えて恥ずかしがるほど、私の頭はお花畑ではない。
なので、気にせず排除に移ることにした。
(洞窟の広さから考えて、同時に相手にできるのは三人。まあ、何とかなるかな)
わざわざ敵の出方を待つこともない。
覚悟を決めた私は、正面の三人を先ほどと同じような素人拳法で、狐っ娘の身体能力に物を言わせ、あっさり叩きのめして吹き飛ばす。
目にも留まらぬ速さとはこのことであり、一瞬で仲間が倒れたことに驚いている間に、青い顔をして棒立ち状態の残り五人も、手早く順番に片付けていったのだった。
洞窟に乗り込んで多分数分足らずの出来事だが、なるべく相手に怪我をさせないレベルまで手加減していれば、もっと時間がかかっていたのは間違いない。
(手加減が未熟で野盗が死んでも仕方ないと割り切ったから、無事に救出できた。そう思っておこう)
最後の数名はまだ息があるが、見張りの二人は間違いなく即死だった。
未来の日本なら間違いなく逮捕案件だが、今は戦国時代だ。
それに生き残った野盗のこれからの人生を考えると、痛みを感じる間もなく私に殺されたほうが幸せなはずだ。
ともかく私は洞窟から外に出て、狼と村人が隠れている茂みを目指して、足取り重く歩いて行く。
野盗を退治したのに気持ちは沈んだままで、小さく溜息を吐く。
(人を殺すのに、慣れたくはなかったなぁ)
害獣駆除は何度かこなして慣れたが、今回始めて人間の命を奪った。
戦国時代なら珍しくはないだろうが、やはり好き好んでやりたいものでもない。
けれど野盗をのさばらせておくよりは、良いと思っている。
それでも自分が正しい行動をしたという自信は、これっぽっちも持てなかった。
なのでやっぱり、平和になるまで山奥に引き篭もって生きるのが正解だ。
間違っても気軽に外に出たり、責任のある立場なんかになって、余計な重荷を抱え込みたくはないと、はっきりとそう思ったのだった。




