三話 本多さんとの遭遇(1) 後家殺し
本多さんとの遭遇の後となります。事前にお読みください。
何度も失敗したが試行錯誤を重ねた千歯扱きが、無事に完成したのは良かった。
しかし、行き届いたのは麓の村だけだった。
実際に使用した村人は何処かのニュータイプのように、この千歯扱きは凄い! 手作業の五倍以上の効率がある! そんな台詞は言わないが、見ている私としてはまさにそんな感じで大層驚いていた。
ついでに何やら皆が勝ち誇った顔をして大笑いしながら脱穀している様子に、ほんのちょっと引いた。
なお、周辺地域は収穫作業が終盤になってから実用化が開始されたので、今回の活躍の機会は殆どなかった。
それでも来年の脱穀作業が今年よりも遥かに楽になるのは確実なため、他の村人の表情は明るかった。
他にはわざわざ山の中腹までお参りに来て、稲荷神様ありがとうございます! と状況報告をしたり、お祈りした後にお供え物を置いていく信者が激増したのだった。
だがまあ、最初から全てが上手くいったわけではない。
千歯扱きは歯の間隔が合わずに脱穀しようにも、素通りして種籾が落とせなかったり、稲穂自体が狭くて通らなかったりと、それなりの苦労話も色々あった。
また、等間隔に揃えようにも職人によって差があったため、完成したので早速量産をと考えても、そこで思いっきり躓いた。
なので私が間隔の基準にするための物差しを作り、直感でミリ、センチ、メートル、キロの単位と長さを設定した。
戦国時代には寸、尺、間、段とか単位が色々あるらしいのだが、ぶっちゃけ規格統一されてないうえに、何より私がとても計算しにくかった。
一方私の設定した単位は長さの基準は当てずっぽうだが、十、百、千で呼び名が変わるので、計算自体は凄くやりやすい。
歴史の改変よりも取りあえず急場を凌ぐほうが先決であり、長さの単位をきちんと設定したことにより、その後の千歯扱きの作成は順調に進んだ。
そもそも木工どころかあらゆる工作は長さが重要だ。
特に私の広める道具は、これまでの常識が全くあてにならない。もし地方ごとに微妙に長さに差があった場合、失敗作を量産してしまうのは目に見えている。
なので今だけは長さの単位を統一しなければいけないし、自分の死後は歴史の修正力に期待しようと楽観的に考える。
とにかく、これまでの手作業よりかは格段に効率が良い千歯扱きは、収穫が終わる頃には稲荷製の物差しにより、随時修正が完了していった。
結果、脱穀の時間を大幅に削ることができたので、終わり良ければ全て良しである。
その他に、耕作で深く効率よく土を起こす備中鍬は、肝心の鉄が貴重だったので数本しか作られなかった。
人力で風を起こしてお米を選別する唐箕は、予想よりも構造が複雑で製作に時間がかかるため、実用化は来年になるとのこと。
傾斜を転がして米ぬかをふるい落とす千石通しは網の目が細かいため精密な作業が必要で、秋が終わる間際に一台が完成したのみだ。
つまりは本年度の収穫作業に間に合ったのは、千歯扱きだけということになる。
それでも周辺地域の住人は大変喜んでいたので、私は現場で指差し確認する猫のような姿勢になり、ヨシッ! と喜ぶのだった。
しかし良いことばかりではなかった。
私の住まいであるオンボロ社務所に、明らかに暗い顔をした村長さんが、何やら重い溜息を吐きながらやって来たのだ。
大部屋が一つしかないので彼を畳の上にあげて、白湯を入れてどうぞと差し出すと、ありがとうございますと会釈した後、一拍置く。
その後、今現在発生している面倒事について教えてくれた。
「一向宗からの抗議活動ですか?」
「はい。麓の村の住職が言うには、稲荷神が開発した千歯扱きは、後家から仕事を奪って路頭に迷わせる鬼畜の所業である! と、言っておられました」
私は、ふむ……と口元に手を当てて考えるが、ちょっとピンとこなかったので、村長さんにもう少し詳しく教えてもらう。
すると、戦によって夫を失った未亡人を後家さんと呼び、彼女たちが地域に貢献するための重要な仕事が脱穀なのだと、そう教えてくれた。
田畑を耕そうにも力が足りないので、後家さんはその他の雑用しか出来ない役に立たない存在。と思っているのも同然の酷い扱いを受けているらしい。
「つまり私は、後家さんたちの農村に貢献するための活動を奪ってしまったと?」
「けっ、決してそのようなことはありません!」
彼は慌てて否定したが、私としてはお寺さんの言うことも一理ある思う。
自分もまさか千歯扱きによって、ここまで脱穀の効率が上がるとは思わなかった。
環境が激変することにより職を追われる人が出てくるのは、予想して然るべきだった。
「これに関しては私に非があるのは事実です。なので謝罪しましょう」
「稲荷神様! お顔をお上げください!」
彼に謝ってもしょうがない気がするが、流れ的に頭を下げておくべきだと思った。
だがまあ、自分が悪いことをした気が毛頭ないのも事実だ。
なので取りあえずは、謝罪はしたよというポーズだけだ。
稲荷神という絶対的な存在を演じるのであれば、あまり人前で軽々しく頭を下げるべきではない。
つまりこの件の反省は、これでお終いである。
退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ! 稲荷神に逃走はないのだ! 今後も私は、平穏な暮らしを求めて、ひたすら真っ直ぐに突き進むだけだ。
なお、妖怪認定されたり住処を追われたらさっさと逃げ出すが、それまでは一応真面目に職務に励もうと考えている。
自分の中で気持ちの整理がついたところで、再び村長さんに話しかける。
「謝罪は終わりましたので、次は後家さんの問題を解決しましょう」
「えっ?」
先程までの重い空気は何処へやら、私の態度が急変したのについていけないのか、村長さんが驚く。
「千歯扱きが後家さんの仕事を奪うなら、脱穀と同等か、それより重要な仕事を任せれば問題ありませんよね?」
「もっ、問題はないどころか! そっ……そんな簡単に!?」
さっきから驚いてばかりの村長さんだが、私は気にせず口元に手を当てて考える。
お寺さんからの抗議だが、後家さんには脱穀以外にも仕事は山ほどある。
だがそれでは農村への貢献度は今ひとつか、成人男性と作業効率を比較されて、肩身の狭い思いをするだろう。
なので私は足りない頭を捻って、女子供でも一人前に働ける仕事を一生懸命考えるのだった。




