残留孤児
昭和五十六年になって、孤児たちが家に帰りたがっています。認知してください。そう隣の大国と半島が一緒になって騒ぎ始めた。
そもそもうちのモットーは専守防衛で、ヨーロッパやソビエト連邦にしか出兵していない。なので残留日本人が居ないとは言わないが、物凄く少数なはずだ。
私はと言うと、歴史的に間違っているので認める気はサラサラない。が、正直鬱陶しい。
なので稲荷大社の特設スタジオに入り、テレビカメラに囲まれた状態で、キレッキレの返答を行う。
「私は嘘が嫌いなのではっきり言いますが、事実無根の残留孤児は認知以前の問題です」
政治と関わるのは嫌だが、神皇が日本の最高統治者なのは逃れようがない。
この発言も素人意見に過ぎず、国際社会の大局を見てないとか言われるかもだが、それでも存在しない残留孤児を認めたくなかった。
「せめてきちんとした証拠を提示したうえで、日本政府の調査を通してください」
証拠などいくらでも作ることができるが、こっちは四百年以上も平和な時代がつづいているのだ。
江戸時代から戸籍管理はきっちりしてきたし、戦災による資料の紛失もない。
なのでもし過去に隣の大陸に渡ったのなら、何らかの記録が残っているはずだ。
「帰国が叶うのは、日本国籍を持っている方のみとさせてもらいます。
向こうの家族や親族に優遇はしません」
すがりついてくる人を、思いっきり突き放すような発言だが、これは未来の惨状を知っているからだ。
外国からの移民者が補助金を不正に受注して祖国に横流ししたり、妻や子供だけでなく一族全部を連れて日本に移住しようとしたりと、外国人絡みのトラブルには事欠かなかった。
なので最初からきっちり線引きをしておくことで、うちは外国人には厳しいので、移民なんて考えないでくださいと、釘を差しておくのだった。
しかし現実には黄金の国ジパングでもあるまいし、入国や滞在の許可を求める者が大勢出ていた。
さらにはお隣から海を渡って密入国しに来たりと、未来よりも面倒事が増えている気がする。
なので、事が発覚するたびに日本の諜報機関が裏で動いて大忙しであった。
「とにかく、日本に対して甘い考えは持たないでください。
もし許可なく侵入した場合は、容赦はしませんので」
それでもなるべく公式発言で釘を差したり、穏便に帰国させているのは、一般人が密入国したからだ。
もし工作員だと判明した場合は、無事に帰されることもあるが、場合によってはR18Gなことをして速やかに処理されている。
ということで今の日本は、私を守るためなら悪魔にもなれる危険な国だ。
危ないのにあまり刺激しないでください。と、世界中にそれとなく伝えて大本営発表を終えたのだった。
同年、建築基準法の施行令が改正された。
耐震だけでなく火災に対する基準も盛り込まれたらしく、今後建てられる家屋はちょっとやそっとの災害では倒壊しなくなるだろう。
そう言えば私の家も建て変えてから結構経っているが、宮大工が力を入れて建設しただけあり、まだまだ大丈夫そうだ。
これなら、全国で一斉に行われる耐震診断を受ける必要もなさそうである。
何より家の中は神皇のイメージを崩す恐れのある物だらけなので、もし建設業者の審査を受けるなら、来る前に大掃除しなければいけない。
せっかく最適な配置やジャンル分けしているので、それはちょっと面倒くさい。
なのでいつもの特設スタジオでの生放送では、私の家のことは口に出さないように気をつけて喋った。
「古い家屋だけでなく、継ぎ足されたブロック塀も危険です。
特に鉄筋が足りてなければ、地震が来た時にあっさり崩れてしまいます」
何処かの建築士が手抜き工事を発注したり、学校や家のブロック塀に鉄筋が入っていなかったり、上部に継ぎ足した場合は気をつけるようにと、それとなく注意を促す。
この発言がどの程度の効果があるかは知らないが、未来の知識を元にしたぶっちゃけトークを適当に披露して、今日も日本国民から支持を集めるのだった。
同じく昭和五十六年の三月二十日に、神戸ポートアイランド博覧会が開催された。
メインテーマは新しい海の文化都市の創造らしいが、神戸港に人工島ポートアイランドが作られたので、きっとそれを象徴しているのだと思った。
なお、この別名ポートピア81だが、私としては犯人はヤスのポートピア連続殺人事件が思い浮かんでしまう。
自分も当然見物に行ったが、この日のために様々な施設が建てられていた。
オーストラリアからは正史では絶滅していた動物たち。すぐ隣にはジャイアントパンダの二頭をお隣から借りてきて公開されていた。
そのどちらも大変好評で、人気を博している。
そして私は何となく、見た目だけは愛らしい白黒パンダに触りたくなった。
飼育員はもし何かあったら国際問題に発展しますと大いに取り乱していたが、飛びかかってきても容易に力でねじ伏せられるし、自分が許可を出すので何があっても自己責任で大丈夫ですと諭した。
現に私が近づいても二頭とも大人しくしていたので、いきなり襲われることがないので結果良ければ全てヨシだ。
まあ、たとえいきなり攻撃されても棒立ちで弾き返せるので何の問題もないが、とにかく何も起きなくて良かった。
ジャイアントパンダは野生の本能に従ったのか、圧倒的な強者である私に向かって自ら頭を垂れた。
さらに頭を撫でさせてくれだけでなく、馬のように騎乗することまで許してくれた。
その様子を、オーストラリアの動物たちは何も言わずに黙って見守っていた。
周囲を囲むカメラマンたちは今がシャッターチャンスとばかりに激写するという、正直良くわからない状態が数分ほど続いた。
なおこれは後に、両国の上下関係を示す風刺、ライドンクイーンとして、新聞やニュースに広く引用されることになったのだった。