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⒀『生と死に関する記録』
⒀『生と死に関する記録』
㈠
何かを思考する時、破滅的な感覚は、小説上は思い浮かぶものの、現実では、破滅思考は伸びきらない。生が死に脅かされる場合、誰も死へと邁進する者などいないだろう。誰だって、一生を、自分の手で生き抜きたいものだ。生と死は、脳内の記録映像である。
㈡
ダメージを与えられた本体を美化することは、本質的には邪道である。それでも、そう言った人間の本質は、強く生活に通じている。しかしまた、山を登り、山を降りる様な、行為において、何かに到達した後の感慨は、最早、前進あるのみであろう。陽が登る様に。
㈢
生と死が、身近にある時、人間は本能的な自己の本質を知るだろう。何かを思考するだろう。駄目になっても、生命があるなら、また生き直す事が出来る訳で、其処にこそ、小説がまるで真実かの様に動き出す、活字の群れとなって、生と死の記録を、記録したいものなのである。




