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⑿『生と死に関する記録』
⑿『生と死に関する記録』
㈠
可能性の探求として、生と死は、何かの目的に使用されよう。しかし、そう言った神秘的角度とは別の角度から、生命の学問として、生と死を見ると、生と死は端的に、我々に問題を提出してくる。例の、人間の寿命の位置である。或いは、不死の可能性のことである。
㈡
人間が死ななければ、生物初の、現象のことになる。これは、倫理的に見てどうかという問題にも達するが、何れにしても、長生きが悪いこと、という概念は存在しない。出来るだけ寿命というものは、延びて有り難いものなのだ。しかし、生命の学問として、そんなことが可能なのだろうか。
㈢
現時点では論文で発表されていない、この不死の問題は、例えば、人間は月以外のどこの惑星に行けるだろう、と言った、話の様な可能性の問題になってくる。到達すれば、それは当たり前のものとして、扱われるし、それが自然になる。時には、神秘的角度を持って見ると、不死の問題も、神経質にならずに、安らぐかもしれない。




