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⑾『生と死に関する記録』
⑾『生と死に関する記録』
㈠
今にして思えば、未だ解決しない、自己存在の不可視化的仮証性は、自己規定と他者規定に、依拠する様である。というのも、生と死とは、一般的において、自己の問題だからである。自己の大きな問題、つまり、生と死を、自己が規定するのは、自殺、他者が規定するのは、他殺、である。
㈡
しかし、前にも述べた様に、この自殺と他殺とは、本来の意味だけでなく、精神の生と死、身体の生と死、身近な者の生と死など、様々に分類し、把握出来ることなのである。つまりは、人間は、ずっとこの問題に拘わらざるを得ないということであろう。
㈢
話を元に戻せば、自己存在とは、しっかりしている様で、また、危ういという、二面性を持っている。だからこそ、自己規定だけに留まらず、他者規定まで関係してくる訳である。何れにせよ、問題は、可視化することで明瞭になるから、生と死に置ける、自己存在の不可視化的仮証性は、自己の努力で可視化せねばならないと、言う事だろう。




