引きこもり
三人で近くの海に行ったことがあった。
一人で好きに泳いでいると、充希に呼ばれた気がした。
周りを見渡してみる。
沖のほうに浮き輪に掴まったまま流されていた充希を見つけた。
充希はあまり泳げなかった。
浮き輪に穴が空いていたらしい。
「大丈夫?掴まって」
自分の浮き輪に掴まらせて、自分は浮き輪の紐を持って、平泳ぎで浜辺に戻った。
「こわ、かった」
涙目になっていた。緊張した。助けられて良かった。
「二人とも大丈夫だった?凄く心配したんだから」
「ごめんね、奈央ちゃん」
充希はそれから海に入らなかった。
充希が亡くなった週の日曜日には、彼女の葬儀が行われた。
式場には奈央もいたが、話はしなかった。
クラスの担任の先生も見掛けた。
もう充希はこの世に存在しないんだ。
次の日、憲は学校を休んだ。凄く行きたくなかった。
「お母さん、今日、学校休む」
「あ、そう……明日はちゃんと行ってね」
「……はい」
火曜日もまだ気分が乗らなかった。
出掛けたふりをして、公園で、リュックに忍ばせておいた、小説や漫画を読んで、時間を潰した。
家に誰もいなくなる時間を見計らって、昼頃には帰宅した。そんな生活を数日は続けた。
ドアノブは慎重に引いた。開かなかったときは一安心。鍵を使って自室へと戻る。
開いてしまったときは、音がしないように、ゆっくりと戻した。バレないかとドキドキした。母が様子を見に来るかもと思って、走って公園へと戻った。罪悪感は凄まじいものだった。事態が発覚するのは時間の問題だった。
その日は鍵がしまっていたのに、お母さんがいた。何でいるんだ。完全に油断した。
「学校、行ってないんだって?」
「うん……」
「担任の先生から聞いたよ。今週はずっと来てないって。どうして学校行ってないの?」
「……行きたくない。……つまらない」
「そう。じゃあどこに行ってるの?」
「適当に散歩して、暫くしたら家に帰ってた」
良く行く公園は、言ったらもう使えなくなると思って言わなかった。
「分かった。じゃあ次から休みたかったら、ちゃんとお母さんに言ってね。休んでいいから」
「はい……」
「良し!じゃあ今日は映画でも行こっか。お母さんは休みだし」
母と出掛けるのは恥ずかしかったけど、久しぶりに楽しめた。
次の日からはずっと家に引きこもった。
朝になると、今日は学校に行こうかどうしようかと、憂鬱になった。毎朝母親に、「今日は行かない」と言うのが辛かった。
母は毎日律義に、学校に連絡しているようだった。
家では動画を見たりゲームをしたりして、時間を浪費した。
はじめは良かったが、段々と退屈になっていった。
充希に渡せなかったオレンジは、食べられずに黒くなって、床に転がっていた。なんとなく捨てられなかった。