6:30
雨の日の休日、両親は仕事に行っていた。憲は家で一人、ゲームをしていた。
インターホンが鳴る。全くいつも丁度いいところで、宅配便やら郵便やらが来る。
今日は現実世界を優先することにして、ボタンを押す。モニターに奈央が映る。
「はい」
「憲、充希のところ行くよ」
奈央の家の車で病院へと向かう。
「充希のお母さんから連絡があって、充希が危ない状態らしいんだって。それで私たちも呼ばれたみたい」
奈央はどう思っているか分からないが、憲は察してしまった。おそらくもうすぐ死んでしまうのだろう。だから、こうして緊急の連絡がされているのだ。
病室には既に充希の両親がいた。
促されて充希の手に触れると、微かな温もりがあった。
暫くして医者が来て死亡診断をした。電灯が一段階、暗くなったかのように、光のトーンが下がった気がした。その部屋の誰もが泣いているようだった。空までもが。
憲は泣かなかった。充希に対する後悔はなかった。前に読んだ小説の登場人物にも、そんな人がいた。
街の日の入りを知らせるチャイムが、鳴っていた。
彼女の父親は、葬儀社に連絡しているdようだった。
彼女の両親は、充希の顔のそばに行って、顔を近づけて震えた声で話しかけていた。
憲は、
「今までありがとう、お疲れ様」
とだけ、言った。充希の眠った顔を近くで見ても、涙は出てこなかった。
父に、
「男なら人が死ぬとき以外は泣くな」
と泣きべそを見せた度、言われてきたが、幼馴染を亡くしても、泣かなくなってしまった。
奈央はしんみりと泣き顔で、充希に話しかけていた。
家に帰ると父も母も帰っていた。
憲の好きなものばかり、食卓には並んでいた。今日は憲の誕生日だった。五月三日、憲法記念日。折角の誕生日も気分は乗らなかった。
自分の部屋に戻ったらすぐに寝てしまった。
この街のチャイムは、昔から日の入りに鳴る。
まだ三人とも小学生だったときの、三人で遊んだ帰り道。その日もいつものように、日の入りチャイムが流れたが、どういう訳か、充希も一緒に泣き出してしまった。
「どうしたの、充希」
泣きじゃくる充希曰く、
「こないだおじいちゃん、死んじゃった。二人も死んじゃやだ」
とのことだ。
「私たち、死なないから、泣かないで」
奈央はなだめようとしているが、泣き止まない。
「遠き~
山に~
日は、落ちて~」
憲は歌った。チャイムの原曲、ドヴォルザーク。歌っていると穏やかな気持ちになる。
充希は泣き止んでくれた。
そのまま、三人で歌いながら、手を繋いで帰った。