閑話 恐怖し続ける天才
僕は、昔は天才だなんて言われるような男じゃなかった。
勉強は並み、運動は平均より少し下、性格は悪くもないが特別いいわけでもない。
強いて特徴を挙げるのならば、少し怖がりであるということぐらい。
そんな、どこにでもいそうなありふれた子供であった。
僕が中学生の時の事だ。
誰もやる人がいないからという理由で、「やりたくない」と言うのが怖かった僕は、薦められるがまま学級委員をやる事になってしまった。
最初は、まぁ仕方ないか程度の軽い気持ちで考えていたが……それが、大きな間違いだった。
「学級委員なんだからちゃんと指示してよ」
これは、掃除の時間にサボっていたクラスメイトがいた時に、他のクラスメイトに言われた言葉だ。
感情のこもった、少し怒ったような言葉。
怖かったので、僕は言われるがままそのサボっていたクラスメイトに掃除をするよう指示を出した。
すると、今度はそのクラスメイトから「うるさい、指図するな」と、感情むき出しの言葉が返って来た。
「学級委員だからって調子に乗るなよ」という捨て台詞付きで。
「うるさいはこっちの台詞だよ」
「なりたくて学級委員になったわけじゃねえよ。お前らだって同じクラスなんだから知ってるだろ」
そんな言葉が脳裏に浮かんで、すぐに沈んだ。
だって、こんな事考えてるなんて知られたら、何を言われるか分からない。
怖くて、恐ろしくて……でも、この板挟みの状況に抜け道はなかった。
学級委員として、指示を出したり注意をしたりすれば「ウザイ」、「偉そうに」、「良い子ぶるな」、「うるさい」と、憎らし気な言葉が。
しかし何も口出しをしなければ、今度は「なんで呼びかけしないの?」、「注意しろよ」、「お前それでも学級委員か?」と、心無い言葉が返ってくる。
本当にどうしようもない、そんな状況。
それでも、僕は諦めなかった。
だって、ここで諦めるということは、この状況が続くということだったから。
そんな怖いことは、嫌だった。
だから、少しでも慕われるよう親切をたくさんばら撒いた。
少しでも頼られるよう必死になって勉強を頑張った。
少しでも人気者になれるよう息を切らしてスポーツの練習をした。
少しでも印象をよくするよう外見を良くする努力をした。
少しでも……少しだけでも、怖くなくなるようにと、がむしゃらに努力し続けた。
その結果として、今の天才だのなんだのと呼ばれる僕が生まれた。
最初の内はよかった。
天才と呼ばれるような奴に悪口を言うような人はいないし、皆に尊敬されていい気持ちだった。
怖がりすらも克服出来たのではないかと一瞬錯覚さえした。
だが、ある時僕は想像してしまった。
もし、自分が天才ではなくなってしまったら。
必死になって塗りつけたこの天才のメッキが剥がれてしまったら。
僕は、どんな言葉を投げかけられるんだろう? と。
「期待外れ」、「尊敬してたのに」、「その程度なの?」、「見損なったよ」、「そんな事も出来なかったの?」――と、様々な恐ろしい言葉が一気に浮かんで、浮かんで、浮かび続けて――
その時から、僕は自分に塗り付けた天才のメッキを何回も、何回を塗りなおし続けている。
メッキが剥がれている場所を見つけてはまた塗って、剥がれている場所を探してはまた塗って。
そして今も、僕はメッキを塗っている。
「クラスメイトが殺されているのに黙って見てるの?」なんて言われないように。
犯人を捜して、捕まえて……天才であり続けなければならない。
だって、そうでないと怖いから。




