第82話 追及者
特におかしなこともなく目的地に到着した俺が書庫に入ると、そこには既に変わった様子もなく、椅子に座って本を読んでいる神岡がいた。
皆昼食やら何やらで用事かあるのか知らないが、他には誰もいない様子だ。
第三者に聞かれたくない話をするのには、絶好の場と言えるだろう。
神岡は最初、書庫に入って来た俺に気づいていない様子だったが、俺が話をするために近づいて行くと流石に気付いたようで、本から俺へと視線を移して目を合わせる。
そして、本を置いて椅子から立ち上がると俺へと言葉をかけてきた。
「来てくれてありがとうございます、篠宮君。突然のことだったので来てくれなくても仕方ないと思っていたのですが」
「いくら突然だからって、話があるなんて言われて無視は出来ないって。それで、話ってのはなんなんだ? 何か聞きたいことでもあるのか?」
「はい、実は少し篠宮君に聞きたい事があって、今回このような形で呼び出させてもらいました。それで聞きたいことについてなのですが……簡単に言えば僕たちに合流する前、篠宮君が何をしていたのか聞かせて欲しいのです」
「ん、そんなことか? それならウォルス団長にも話したが冒険者になってダンジョン探索を――」
「いえ、すみません。言葉足らずだった僕が悪いんですが、僕が聞きたいのはそこじゃないんですよ」
神岡に話を遮られ、俺は困惑したふりをする。
【僕】に予め伝えられ、神岡の目的が何なのか、予想はついているのだが。
「詳しく言うと僕が聞きたいのはですね、どうやって魔物を殺せるようになったのか、どうやってウォルス団長とあそこまで戦えるようになったのか、その過程なんです。出来るだけ早く済ませますから、答えてくれると助かります」
神岡からの本命の質問を聞いて俺は、【僕】の言っていた通りだなと、頭の中で移動中に【僕】から伝えられた内容を思い返す。
『恐らく神岡は僕が……篠宮努が犯人なのではないかと疑っています。しかし、それは確信ではありません。あくまで疑いです。ですが、神岡は完璧であることを目指している。だからいくらクラスメイトとはいえ、犯人の可能性を見過ごすことは出来ない。ならば例え僕が犯人でなかったとしても、その後にクラスメイトとして支障がないような方法で追及をしてくるはずです。そうですね、もし僕が神岡だったら……篠宮努が普通であるか、確かめますね。例えば生き物を殺すのに躊躇いがあるかどうか、とか。まぁ、いつも通り普通を演じればいいだけですよ。しくじらないで下さいね』
そう、疑われているとはいえ、やる事はいつも通りだ。
普通を、演じればいい。
「う~ん、過程かぁ。そうだな……そりゃ最初は魔物とはいえ動物と似たような物な訳だし、躊躇いはあったけど、襲って来る訳だし正当防衛だって自分の中で折り合いをつけて、なんとかして倒してたかな。この世界じゃ他に金を手に入れる方法もなかったし」
「そうですか。では、ウォルス団長との戦闘は? 普通あそこまで容赦なく人に剣を振るう事は出来ないと思うのですが……対人戦は初めてのはずでしたよね?」
「団長本人に心配いらないと言われたから全力を出したまでだよ。それに、あそこで中途半端に加減をしたら勇者だと認めてもらえなかったかもしれない。それだけは絶対に避けたかったんだ。理由は……言うまでもないと思うけど」
俺と葵さんの関係は周知の事実である。
神岡もこれくらいは察してくれるだろう。
惚気られたい訳じゃないだろうし。
「それで、あと何か説明不足のところあるか? 大丈夫だったらもう帰るが」
「いえ、大丈夫です。わざわざ答えてくれてありがとうございます、篠宮君。おかげでいい参考になりました」
「参考?」
「ええ、僕たち勇者は篠宮君以外実戦をしていませんから、参考になると思って今回呼ばせてもらったんです。先に言った方がよかったですかね?」
なるほど、そういう体に落とし込むのかと、俺は内心神岡の手に感嘆した。
もし俺に【僕】から事前情報がなかったら、俺は神岡の言ってる事をある程度信じていたんじゃなかろうか。
「いや、気にしてない。多分答える内容も変わらないだろうし。んじゃ、俺はこれで」
「はい、ありがとうございました」
別れの挨拶を済ませ、再び椅子に座って本を読み始める神岡を尻目に、俺は書庫を後にする。
そして、廊下を歩きながら、案外あっさり済んだな、などと考えながら俺はスイッチを切り替えた。
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「神岡は完璧な怖がりですからね。深くまでは踏み込めないんでしょう」
僕は【俺】の考えに対する、【俺】には必要ない僕の見解を、一人呟いた。




