第8話 魂狩りの準備
起きて入り口を確認すると、光が差し込んできていた。
迷宮を抜け、外に出て確認してみると、太陽がほぼ真上で爛々と輝いている。
どうやら正午あたりまで寝ていたらしい。
頭の中に響く声がいなくなったので、僕は伸び伸びと思考を開始した。
まずは、【俺】を出している間にやっていた事をまとめることにする。
最初に、"魂の質による能力の高さ"という辻褄を合わせるために【俺】の能力を僕と同じにした。
結局頭の中に響く声にバレてしまったが、僕の情報は出来るだけ与えたくなかったのだ。
他にも色々指示を出した影響か、【俺】の人格がかなり歪んでしまった。
僕の性質に影響を受けたのか、人の死体を見ても多少不快感を感じるにとどまっている。
今まで集めたデータから鑑みるに、この反応は普通ではない。
まぁ、【俺】に関しては後でこの世界の普通に調整し直すので問題ないだろう。
【俺】が出ている間は、僕の考えが読まれない様子だったのは僥倖だった。
僕は神様とやらにどう対抗するのかを必死で考えていたから、そんな敵対意思バリバリの考えを読まれたら警戒されること間違いないだろう。
何故僕がそんな事を考えていたのかというと、「面倒な事やらせやがって!」というのも勿論あるのだが、一番は保身のためである。
あの神様は仕事の内容は教えてくれたものの、仕事が終わった後の待遇を一切語らなかった。
これでは、自分がいつまでこき使われるか分かったものではない。
それに……昔は大して思い入れのなかったあの世界に、帰る理由が今はあるのだ。
情報が少なすぎて、対抗策など思い浮かばなかったのだが。
今出来ることは、神様に対して信頼を作ることだ。
信頼があれば、何かの折にこちらに接触してきて、油断してぽろっと情報を漏らすしれないし、不意を打つチャンスも出来るだろう。
幸いなことに、恐らくこのダンジョンの情報は広まっていない。
侵入者……といってもあの三人だけだが、一人も侵入者を逃がしていないからだ。
ということは、ダンジョンマスターである僕が防衛を余り気にせずに行動できるということ。
僕はこの貴重な時間を利用するべく、早速魂を集める準備を始めた。
まずは、昨日召喚したカワキリムシとリビングウォッシャーの作業の進捗状況を確認する。
どうやら指示した作業は終わったらしく、きれいになった侵入者の衣服や鞄と、同じくきれいになって、僕に合わせてサイズ調整された皮の軽鎧が置いてあった。
僕は若干ぶかぶかの侵入者の服に着替えて、その上に皮の軽鎧を着こんだ。
少し動きにくいが、地球の学生服などを着ていて怪しまれるよりはマシだろう。
他に何か使えるものがないかと、侵入者の鞄の中身を漁っていると、通貨らしき物を見つけた。
続いて全ての鞄を漁ると、合計で銀貨が三枚に銅貨が八枚ほど見つかった。
どれほどの価値があるのかは分からないが、金があるに越したことはないので持っていく。
最後に、鞄を肩にかけ、リビングナイフとリビングソードを腰に差すと、僕はダンジョンの外に出た。
ダンジョンの外にあったのは、広大な草原だ。
膝丈まで、青々とした雑草が茂っている。
取り敢えず、僕はダンジョンの入り口から真正面に向けて進むことにした。
今回の外出の目的は、人間の集落を見つけることだ。
まだあまり整備しきれていないダンジョンに人を集めることは避け、まずはこちらから狩りに行き、ダンジョンを強化するのが目的である。
身体強化で視力を強化しながら、草原を小一時間ほど進んでいると、遠くに人工物が見えてきた。
あれは……石レンガの壁だろうか。
少し進んで確かめてみると、城壁というほどではないにしろ、敵からの侵攻を防ぐために作られたであろう石壁が草原の中に悠然とたたずんでいた。
早速人工物発見とは、中々幸先のいいスタートである。
見つけた石壁に沿って進んでいると、道とそこに並んでいる馬車の集団が見えた。
どうやら壁の中に入る順番待ちをしているようだ。
僕は聴覚を強化して、聞こえてくる言葉の解析を進めながら、順番待ちの列に加わることにした。
そうして順番が回ってくる頃には、並んでいる人が使っていた異世界語を完全に理解し、会話の内容を把握することに成功した。
盗み聞きした内容によると、どうやらこの街はグランツェル王国という国のロルムという街らしい。
「何か身分を証明する物は持っているか?」
「いえ、特にそういった物はもっていません。何せ田舎から旅をしてきたところでして」
「では入場料として銀貨一枚を支払うように」
「はい。ところで正式な身分証を手に入れるにはどうすればよいでしょうか?」
旅人を装った僕は、銀貨を一枚渡しながらそう質問する。
銀貨一枚がどれくらいの価値なのか知らないが、金を払わずに済むのならそれに越したことはない。
「それなら手っ取り早いのは、どこかのギルドに加入することだな。腕に自信があるなら冒険者ギルドにでも加入するのがいいんじゃないか?」
門番は、僕の恰好をまじまじと見ながらそう言った。
確かに、今の僕の恰好は冒険者そのものである。
何せ現役の冒険者から奪った装備を身に着けているのだから。
冒険者ギルドの場所を聞くと、道を教えてくれた。
親切な門番さんである。
もし殺さなければならない時が来たら、その時は出来るだけ苦しまないように殺してあげよう。
そんな事を考えながら、僕は壁の向こうへと入っていった。