第77話 罪悪感という感情が存在しない会話
僕は扉から通路へと出ると、素早く周囲を見渡す。
どうやら、周囲に人はいないようだ。
聞き耳で確認はしていたが、音を消して動いている人がいる可能性もゼロではない。
再確認をしても損はないだろう。
そして、確認が終わった後、僕はまだ部屋の玄関にいる葵さんに手招きをし安全を伝える。
すると、葵さんは扉を閉めながら部屋を出て、僕の下へと小走りでやってきた。
「出来るだけ離れないように気を付けてくださいね」
僕がそう念のため忠告すると、葵さんはコクリと頷く。
それを認めた僕は、事件現場からの離脱を開始した。
やる事は行きと大体同じだ。
人の目に触れないように、最低限顔は見られないようにして隠れながら、出来る限り急いで移動する。
違うのは、葵さんがいるので隠れるのが多少難しくなったこと程度だ。
だが、それも僕にとっては別に大した障害にはならない。
王城に住むようになってからの生活で、僕はこの城の構造を侵入不可能な場所以外は完全に把握している。
見つかりにくい物陰、鍵の開いている隠れられる部屋、構造上人の視線が向きにくい場所、全てを理解しているのだ。
特に危なげもなく、食堂まで戻るのはさほど難しいことではなかった。
食堂に到着した僕たちは、何事も無かったかのように食事を受け取り、周りに人のいない席に座る。
そして、非日常的な会話をしながら少し遅めの朝食を日常的に食べ始めた。
「上手くいきましたね」
「はい、努君のおかげで。私の我が儘を聞いてくれてありがとうございます」
「お互い様ですよ。助けられてるんですから、我が儘の一つや二つ聞かせてください。……それで、葵さんは目的を果たせましたか?」
今回の作戦の目的の一つは橋川さんを殺すことではあったが、主な目的はそうではない。
主な目的は、あくまで葵さんが、葵さん自身を変えるためのきっかけ作り。
異常になるための、きっかけ作り。
「はい。これでもう、足手まといにはならずに済みます。胸を張って努君の横を歩けます」
葵さんは、僕の質問に純粋な笑みを浮かべて答えを返した。
心の底から嬉しいといった様子だ。
そこに憂いは一切ない。
部屋での光景で大体感づいてはいたが、葵さんが変わったということを改めて僕は認識した。
それも、僕のためだけに。
僕の心を占める葵さんの割合がまた大きくなる。
心地よい、幸せな感触だ。
と、そんな風に思考に浸っていると、葵さんから唐突に質問が飛んできた。
「ところで努君、私に何か気を付けて欲しい事はありますか?」
「気を付けて欲しい事……具体的には何ですか?」
「振る舞いです。橋川さんの死が発覚したとき、どんな風に振る舞えばいいのかな、と」
ああ、振る舞いについてか。
確かに、それについては僕も話しておきたい。
「発覚したときは普通にショックを受けたフリはしておいた方がいいですね。でもその後はいつも通り振る舞っても問題ないと思います」
「そうなんですか?」
「ええ。多分周りの人は葵さんが、健気にも周りに心配をかけないようにショックを隠している、という風に勝手に思い込んでくれるでしょうから。僕という支えもいることですし、違和感はそれほどないと思います」
「なるほど。分かりました」
会話がひと段落し、また朝食の残りを食べ進める。
その後は特に面白い話題もなく、普通に朝食を食べ終えたのだが、そこでふと、何かスキルを奪えたか気になって自分に鑑定をかけてみた。
……朝倉の時と同様、何もスキルを奪えていない。
今までの経験上そこまでスキルを奪える確率は低くないはずだが、偶然だろうか。
不自然さを感じつつも考えても仕方ないと思った僕は、これについて考えるのをやめ、いつも通り皿を返してから葵さんと一緒にいつもの訓練へと向かった。




