第68話 抗毒
努君が部屋から出ていった後、寝ているふりをしていることを気づかれなくてよかったと、私は内心呟いた。
実は、努君と一緒に寝ているというだけで緊張してしまって、眠るどころではなかったのだ。
じゃあどうして添い寝をしてくれるように頼んだのかという話なのだが……話をする決心がつかなかったというのが最たる理由だ。
私は罪悪感から逃れられなかった。
努君のために、初めて人を騙したその日から。
理屈では、どうにもならなかった。
私たちは既に教育されていたから。
「他の人とは助け合おう、仲よくしよう、優しくしよう」と。
今の社会に反さないように。
その結果がこれだ。
今になって、私をじわじわと蝕んでいる。
死には至らないが、着実に動きを鈍らせてくる、理屈ではどうにもならない厄介な毒となって。
しかし、私はこの毒を取り除く方法を思いついた。
人間、考えるだけではどうにもならなくても、機会があれば変わることが出来る。
そこで、まず私は機会を作り出すことにした。
この心に巣くう毒を割り切る機会を。
次に、どうすれば割り切れるような機会を作れるのか、私は考えた。
考えて、考えて……一つの結論を出した。
本気で毒に抗う行動をしてみよう、と。
きっと、すごく苦しくなる。
毒に蝕まれた私の心は、きっと罪悪感で悲鳴をあげる。
でも、それでいい。
その心の痛みが、私の心のヒビを入れて、毒を割り切る機会を与えてくれる。
正直、怖いものは怖い。
望んだこととはいえ、今までの自分とは違う自分になるわけだし、本当に毒を割り切れるのかも分からない。
でも、一番大切なものは絶対に消えないって分かったから。
私は……橋川さんを殺そうと思います。
優しくされた恩を、死という仇をもって返します。
それが、今最大級にこの毒に抗い、罪悪感を感じる行動だから。
私は明日からすることに罪悪感を覚えながらも、今度は本当に眠りについた。
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朝になり、私と努君はいつも通り合流して、食堂へと向かった。
そして、いつも通り朝食を食べていたのだが……食堂に勇者組が全員揃った頃に、ウォルス団長が食堂の中央あたりの目立つ場所に立ち、大きな声で言葉を発し始めた。
「皆、一度手を止めて俺の話を聞いて欲しい。早急に伝えなければならない大事な話がある」
ウォルス団長の言葉を受けて、話を聞こうと食堂が静まり返る。
しかし、その静寂は次のウォルス団長の台詞によって一瞬で崩れ去った。
「昨日の夜、城内を巡回していた衛兵が死体を発見した。それで、話しづらいんだが……その死体は、宏和のものだったんだ」




