第59話 前夜
「戦ってる最中は答えてくれなかったが、改めて聞く。本当に対人戦の経験はないのか?」
「ありません。昼に食堂で話した通りですが……何か問題が?」
「いや、別にそういうわけじゃない。ただちょっと確認をしただけだ」
ウォルス団長と通路を歩きながら、俺は会話をする。
葵さんの話によると、ウォルス団長の俺に対しての感情は疑惑。
【僕】の剣の実力がどこから来ているのか疑問に思っているのだろう。
こうなることはある程度は予想はついていたので、別に問題はない。
嘘がバレない自信もある。
こうして時々会話を挟みながら歩いていると、ウォルス団長が立ち止まった。
どうやら目的地に着いたようだ。
ここは……確か、勇者組の住んでいる部屋が面した通路だ。
どうやら同じ場所らしい。
「お、着いたぞ。ここがお前に割り当てられた部屋だ。お前の元々いた世界の文化は知らんが、生活に必要なものは食い物以外は中に大体揃っているはずだ。今日は休みだったが、明日は訓練がある。だから今日はもう休んでてもいいが、明日はしっかり起きて来いよ」
「了解です。案内ありがとうございます」
「おう、しっかり休めよ」
ウォルス団長と別れたところで、取り敢えず部屋の内装を確認することにする。
部屋の内装は、葵さんの部屋と大体同じだった。
この様子だと、他の部屋も同じような様子なのだろう。
ベットに、机に、椅子に……まぁ、普通の内装だ。
この世界の文化レベルからしたら、豪華なのかもしれないが。
とりあえず問題は無さそうなので、今日はもう部屋の外に出ることはないだろうと判断して、俺はスイッチを切り替えた。
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僕はひとまず背嚢をベッドの上に放りだして、ベッドに腰掛けた。
思い返してみれば、今までダンジョンで過ごしていたので、ベッドに触れるのも久しぶりだ。
ウォルス団長に言われた通りこのまま休んでしまいたいところだが、明日の準備がまだ残っている。
休むのは準備を終えた後だ。
僕は背嚢からコピースライムを出し、あらかじめとっておいた宏和の髪の毛を与えた。
能力によって、コピースライムの姿が宏和へと変化する。
ここで僕はコピースライムにそこらを歩き回るように指示を出した。
……うん、予想通りだ。
人間として見れば違和感はないんだけど、宏和という個人で見た場合、歩き方にどこか漠然とした違和感がある。
これは出来れば修正しておきたい。
それから僕はコピースライムに指示を出して試行錯誤を繰り返し、歩き方の違和感が無くなるように矯正をした。
これで、歩いているところだけを見たら完全に宏和そのものになったはずだ。
準備を終えたところで、僕はコピースライムに元の姿に戻って背嚢の中にいるように指示を出し、部屋に用意されていた寝間着に着替え始めた。
最近はずっとあの装備だったので、反動で体が軽くなったように感じる。
着替えが終わったところで、僕はベットの中に潜り込んで思考を始めた。
明日から僕は本格的に動き出す。
慎重に、魔物を使って、自らを使って、葵さんを使って。
まずは一人目、友人だろうが容赦はしない。
恨みはないけど、僕にとって必要なことだから。
明日の動きを頭の中で確認しながら、僕は眠りに落ちた。




