第56話 溜め込む男
先生との挨拶を終え、形式的にクラスメイトとの再会の挨拶を続けたが、特に特殊なことはなかった。
俺が「久しぶり」とか「元気だったか?」とか中身のない言葉を言えば、向こうも特に中身のない言葉を返してくる。
それだけで終わりだ。
俺には葵さん以外にそこまで親しい人もいないし、状況は少々特殊だが、人によっては長期間休んでいた友達が戻って来たくらいの感覚だろうから、別にこれはおかしなことではない。
そうして、一通り俺が挨拶を終えた頃には、訓練場にいる人の数はかなり少なくなっていた。
まぁ、今日は訓練も休みみたいだし、俺を確認すれば訓練場でやる事なんてないのだろう。
かくいう俺もここでやる事なんてないので、取り敢えず約束した通り宏和のところに行くことにする。
「お、ひと段落ついたみたいだな」
「悪い、待たせたか」
「いやいや全然。それよりお前、彼女さんとはもういいのか? 一緒でもよかったんだぜ?」
「流石にお前の前で二人でいるのは気が引けるよ。それに、葵さんは葵さんでやりたいことがあるだろうし」
「ん、まあそれもそうか。五十嵐さん、さっきは大胆だったが普段は目立たない大人しい子だしなあ」
宏和が言った通り、今葵さんは俺と一緒ではなく、別行動をしている。
具体的な事は聞いていないが、魔法の練習をするらしい。
「それじゃあどうする? 城の中の案内でもしてやろうか? この城結構広いからな、迷子になったら困るだろ」
「いいのか?」
「おう、その代わり道すがら俺たちと合流するまでのお前の話を聞かせてくれよ。約束通り、な」
こうして俺は、ウォルス団長に話したのと同じ【僕】が用意した話を宏和に話しながら、城の中を案内されることになった。
本当は城の構造なんてほとんど知っているが、これも演技の一環である。
面倒だが背に腹は代えられない。
そうして俺の話が終わる頃には、城の案内は終わりかけていた。
「――ってのがお前たちと合流するまでの流れだな」
「……お前、結構大変だったんだな。現実世界でダンジョン探索とか魔物退治とか。俺、出来る気しねえわ」
「おいおい、それがこれから戦争に参加する奴が言う台詞かよ」
「俺だって好き好んで参加してるわけじゃない! ……いや、悪い。お前だって同じなのにな」
「気にするな、俺も悪かった。軽々しく口する話題じゃなかったな、気を付ける」
これが朝倉宏和という男の弱点だ。
この男、交友関係は広い一方親しい付き合いのある奴が勇者組の中にいない。
だからか、一見いつも通りに見えるが相当ストレスを溜め込んでいるようだ。
その結果が、今見せた情緒の不安定さだろう。
いくらデリケートな話題だからって普通ここまで反応しない。
「じゃ、じゃあ最後に食堂に行くか。場所はもう知ってるだろうけど、外も暗くなってきてるし、そろそろ夕食の時間だろ」
宏和はさっきの出来事を誤魔化すように頭を掻きながらそう言った。
「ああ、分かった」
俺も特に異存はないので、歩く宏和の後ろをついていく。
「ん? 何か落ちてたか?」
「いや、何でもない」
俺は宏和が頭を掻いたときに、落ちた髪の毛を拾いながらそう言った。




