第51話 演じる
私は他のみんなが広場を歩いている中一人だけ足を止め、目を見開き、手に持っていた荷物をどさりと地面に落とした。
まるで、とんでもないものを見つけてひどく動揺しているかのような様子で。
「ん? どうしたの葵ちゃん、突然立ち止まって。みんなとはぐれちゃうよ?……って、ちょっと! いきなりどこに行くの!?」
橋川さんが話しかけてくるのも無視して、努君の方に駆け出す。
「努君っ!」
走りながら名前を呼ぶと、彼はひどく驚きながらも視線を勇者像から外し、私の方に向けてきた。
「葵……さん?」
驚き、喜び、困惑。
様々な感情が入り乱れた表情を浮かべる彼に、私は思いっきり飛びつく。
すると、努君はしっかりと私を受け止めて……まるで割れ物を扱うかのように、優しく、優しく私を抱き寄せてくれた。
今、私たちは演技をしている。
もうすでに再会を済ませているのに、今初めて再会したかのように演じているのだ。
でも、逆に言ってしまえば演じているのはその一点のみ。
こうして抱き寄せられて、努君から伝わってくる愛情は本物だから。
今私の中に湧き上がってくる喜びと、安心感と、愛情は全部本物だから。
私は演技そっちのけで、心を込めて努君と抱き合った。
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あの後、他のみんながこっちに来たが、私たちがすっかり広場の注目を集めており、落ち着いて話が出来るような状態ではなかったため、一回王城に帰還することになった。
……後から自分がやったことを思い返すとすごく恥ずかしい。
公衆の面前で努君と抱き合うだなんて、思い返すだけ顔が真っ赤になりそうだ。
事前に打ち合わせしていたのでこうなることは分かっていたといえば分かっていたのだが……いや、これ以上このことを考えるのはやめよう。
私の精神がオーバーヒートしてしまう。
そうして顔を真っ赤にしかけながら移動して、私たちは王城に帰還し、食堂で話をすることになった。
ちょうど昼だし、昼食を食べながら話をしようということらしい。
「色々聞きたい事はあるけど……葵ちゃん、よかったね。篠宮君も、本当に、よかった……」
橋川さんが事情確認を後回しにして私たちの再会を祝福している。
正直、どう返事を返すべきなのか分からない。
分からないので黙っていると、今度は隣にいる努君が言葉を発した。
「祝福してくれてありがとう。俺も、葵さんと再会出来たことはすごく嬉しい。でも、俺は素直に喜ぶことが出来ない」
「……どうして?」
「お前たちは、この王国に勇者として召喚されたんだろ? 王都で色々話を聞いた。そうしたら、勇者は戦争をするものだっていうじゃないか。素直に喜べるかよ」
「それは……」
今、努君はもう一つの人格を出して橋川さんと会話している。
彼は基本的に、私と話す時以外はあの人格を出しているので、いつも通りといえばいつも通りだ。
内容はまったくいつも通りではないけど。
感動の再会に酔っていたであろう橋川さんが、努君の現実的な発言で口ごもる。
そこで、ウォルス団長が口を開いた。
「ともかく、まずは何があったのかを聞かせてくれないか。それを聞かないと、お前をどうするべきか決められん」
「どうするって……このまま王城に迎え入れるわけにはいかないんですか?」
私は思わず声を上げる。
王城には入れたし、このまま身内として認められると思っていたのだが。
「悪いが、そういうわけにもいかないんだ。決まりでな。何、出来る限りのことは俺がなんとかする。だから王城で五十嵐と一緒にいたいのなら、お前に二つのことを示してもらいたい」
「二つのこととは?」
「一つ目はこれまでの経緯を説明して、帝国と関係を持っていないことを示すこと。二つ目は、勇者としての力を示すことだ」
この言葉を聞いて、努君の表情があからさまに歪んだ。




