第5話 最初の獲物
「未確認のダンジョンが見つかるだなんて、運がいいっすね!」
「ああ、そうだな。何せ探索に入るのは俺たちが最初だ。情報だけでも相当な金になる」
俺たちは、最近冒険者ギルドに登録した駆け出しの冒険者だ。
薬草の納品クエストを受けた俺たちは、ロルムの街を出発して、近くの草原の探索を始めた。
途中魔物の襲撃などもあったが、順調に薬草を集めていると、丘の斜面に穴が空いているのを見つけたのだ。
覗いてみると、石レンガで覆われた空間が現れたのを見つけて、俺たちは歓喜した。
ギルドに情報のないダンジョンを見つけたのだ。
位置情報を持ち帰るだけでも報酬はあるだろうが、攻略して内部情報を持ち帰れば、大金とまではいかないがかなりの金になる。
入口に兎の魔物の死体が放置してあったのには驚いたが、ダンジョンでは何が起きてもおかしくない。
危険だが、失敗を知らない俺たちに恐れは無かった。
「しっかしロックさん。このダンジョンは広いっすねー」
「そうだな、カル。だがその分、お宝も期待できるぞ?」
ダンジョンのお宝の質は、難易度に比例する事が多い。
だから、いくら広くても危険がないならまったく問題ない。
むしろ大歓迎というレベルなのだが……このダンジョン、いくらなんでも危険がなさすぎる。
「う~ん……このダンジョン、何か妙じゃないか?」
「何がっすか?」
「そこそこ広いダンジョンなのに魔物が一匹たりとも現れねえ。トラップもねえ。何かが動いてる気配は感じるんだが」
「気にすることないっすよ、奇妙なダンジョンなんていくらでもありますし。このダンジョンはこういうものなんじゃないっすか?」
「……そうだな」
口ではそう言いつつも、俺は言いようのない違和感を感じていた。
普通のダンジョンと何かが決定的に違うような――
俺はそれを頭の隅に追いやり、仲間と情報共有をすることにした。
「おいダック、ちゃんとマッピング出来てるか?」
「は、はいっ。実は少しおかしいところがありまして……」
「何? お前がミスしたんじゃないだろうな?」
「ミスなんてしてませんよ! ただ、壁が消えたり現れたりしてる場所があるんです」
「それは何処だ?」
もしかしたらそれが違和感の正体かもしれないと思い、突然現れたという壁の元へ向かう。
そして、問題の壁を調べようと近づくと、天井から毒霧が散布され始めた。
「おっと、危な――おいダック! 後ろに何かいるっすよ!」
「え? がはっ」
「ダック!」
毒霧から逃れようとして後ろを向くと、最後尾のダックが後ろから何かに忍び寄られているのが見えた。
カルが気付いて危機の接近を知らせたが、間に合わなかったようだ。
ダックの目からは、どんどん生気が失われていく。
腹のあたりに剣を突き刺され、血だまりを作り続けるダックの体の背後には、やや小柄な人影が見えた。
「くそッ! この野郎!」
「馬鹿っ、慌てるんじゃねえ!」
「あれ? 地面がっ、ぎゃああああぁぁぁぁ!」
人影に剣で襲いかかろうと飛び出したカルは、冷静さを欠いていた。
そのせいか、足元に出現した落とし穴をよけることが出来ず、剣山に突き刺さった。
痛みに雄叫びを上げながら。
とうとう、最後の一人となった俺も剣を構えた。
退路は毒霧に塞がれているため、あの人影を倒す以外に道はない。
その人影はダックの体から剣を抜くとその姿を完全に表した。
俺は奴の目を見て身震いした。
おおよそ人に向ける目じゃなかった。
一切の感情がこもっていない、ただの物を観察しているような目だ。
俺は一瞬怯んだものの、すぐに持ち直す。
確かに奴の力は未知数だが、俺は戦闘には自信があるのだ。
駆け出しとはいえ、伊達にチームリーダーをしているわけではない。
奴に向かって走り出すと、真上からギロチンの刃が降ってきた。
それと同時に、奴も俺の胸めがけて剣を突き出してくる。
「スラッシュ!」
俺が剣を振り下ろしながらそう言うと、強化された斬撃がギロチンと奴の剣を一振りで弾き飛ばした。
奴は少し驚いたような表情を見せた後、武器を失ったからか通路の奥へと逃げて行こうとする。
俺は奴を逃がすまいと追いかけようとして、弾いた奴の剣の横を通り過ぎると、突然、胸に焼けるような痛みが走る。
「な、なんで剣がひとりでに」
俺の胸には弾いたはずの奴の剣が刺さっていたのだ。
俺が欲を出してダンジョンに入った事を後悔していると、奴が剣を回収しに近づいて来た。
薄れゆく意識の中見た奴の顔には、薄く笑みが浮かんでいた。