第48話 開演準備
努君が帰った後、結局私は一睡も出来なかった。
そもそもそこまで眠気が来なかったからというのもあるが、主な原因は努君から伝えられた作戦のイメージトレーニングを繰り返していたためだ。
いつの間にか朝が来ていたことに気づいた私は、寝間着から普段着に着替えつつ、改めて作戦の内容を思い返す。
失敗したらと思うとちょっと緊張するけれど、別にそれほど難しいことをするわけじゃない。
だから、この作戦を終えた後、努君とまた一緒にいられるということの嬉しさの方が基本的に勝っている。
大丈夫、きっと出来る。
そう自分に言い聞かせ、私は部屋を出た。
いつも通り、通路にはちらほらとクラスメイトが現れ始めていた。
食堂に行くためだ。
出来れば、この段階であるクラスメイトに接触しておきたいのだが……あ、見つけた。
「おはようございます橋川さん。あの……今日は一緒に食堂に行きませんか?」
「おはよ、葵ちゃん。そっちから誘うなんて珍しいね、何かあったの?」
「はい、実はちょっと相談があって」
「ふ~ん……ま、取り敢えず歩きながら話そっか」
彼女は私の数少ない話し相手の一人、橋川恵里菜さんだ。
明るい性格で、誰に対しても優しく、男女共に人気がある。
努君が行方不明になって、私が落ち込んでいたときに、橋川さんが一番最初に私を慰めてくれた。
それ以来、何かと私のことを気にかけてくれていて、この異世界に来てからも、時々「一緒に行こう?」と移動のとき誘ってくれる。
「それで、相談ってどうしたの?」
「え~っと、今日は訓練がないので、街の方に行きたいと思ったんですが一人じゃ心細くて……誰か一緒に行ける人がいないかなと」
「な~んだそういうことか、そういうことなら一緒に行くよ。他の子も誘っていい?」
「もちろんです」
橋川さんを誘えば、他のクラスメイトもある程度ついてくる。
作戦を実行するとき、どちらかというと努君の言葉を肯定するであろう彼らの人数は多い方が都合がいい。
取り敢えず、準備の第一段階はクリアといったところか。
「ところで葵ちゃんは街で何する予定なの?」
「特に予定とかがあるわけじゃないんです。ただ適当に街を見て回ろうかなと。予定を立てられるほど、街に詳しいわけでもないですし。あ、でも勇者像には寄ろうと思ってます。有名みたいですから」
「りょ~かい。じゃあご飯食べた後適当に友達誘いに行こうかな。ずっと城の中にいるのもつまらないだろうしね」
会話を続けながら歩いて、食堂に到着した私たちは、一緒に朝食をとった後に一旦解散した。
橋川さんは友達を誘いに、私は外出の申請をしに行くためだ。
私たち勇者は、自由に王城の外に出ることは出来ない。
所在確認だのなんだのとそれらしいことを言ってはいるが、主な理由は王国の手が届かないところに私たちが行かないようにするためだろう。
事実、以前集団で外出したときに、私たちを監視している人が数人いたのを私は捉えていた。
ちなみに、外出の申請をする相手は王国の騎士団長で、私たちの訓練を担当しているウォルス団長だ。
つまり、ここが準備の第二段階。
頭の中で段取りを確認しながら、私はウォルス団長の部屋の扉を叩いた。




