第32話 僕/私たちの生きる理由
もう少し準備をしてから再会したかったのだが……と、僕は困り笑いする。
不法侵入中に再会してしまったと言うべきか、無事再会出来たと言うべきか。
「今まで何処に行ってたんですか……ずっと、ずっと探してたんですよ?」
「申し訳ありません。僕も手を尽くしてはいたんですが」
しかし、彼女の今にも泣き崩れそうな顔を見ていると、本当に腹が立ってくる。
僕をこんな世界に送りつけた地球の神と、自分自身に。
生憎僕は衛兵の恰好なので、抱き寄せるなんてことはできないけれど……代わりに優しく、彼女の頭を撫でた。
泣き崩れそうだった表情が少しばかり緩む。
彼女に教えてもらった愛情表現。
少し気恥ずかしいが、この気恥ずかしいという感情すら彼女に教えてもらったものなのだから、なんとも言えない。
「次勝手にいなくなったら許さないですから」
「それは困りますね。そうなったら僕は生きる意味を失ってしまう」
「ずるいです。ここでそんなこと言うなんて」
「すみません。僕は自分勝手な人間ですから、自分のために命がけで君に嫌われないようにするんですよ」
「……バカ」
彼女は頭の手を払うと、僕の体にそっと寄り添ってきた。
今すぐ鉄鎧を取っ払いたくなったが、流石に理性が止める。
「それで、今は何をして、何を背負ってるんですか?」
「……」
「言わないと嫌いになりますよ?」
「はぁ、本当に厄介ですね、その能力は。あとその聞き出し方は反則です。少し長くなりますし、場所を変えましょうか。君の部屋を使っていいですか?」
「はい。多分他の皆は食堂に行ったと思うので問題はないと思います」
「では、ありがたく使わせてもらうとしましょうか」
誰かに見られていないか念入りに確認してから、僕たちは移動する。
そして、難題を抱えていることをあっさり見透かされた僕は、観念して何があったのかを話すことにした。
突然神様に連れてこられたこと。
ダンジョンマスターになっていたこと。
……たくさん人を殺したこと。
この後に及んで彼女が僕を恐れるとは思っていないが、やはり気持ちのいいものではない。
潜在的な恐れは中々消えないものだ。
流石に少しは距離が広がるのではないかと思っていたのだが、彼女の返答は正反対のものだった。
「じゃあ一緒にそのお仕事を頑張って終わらせないとですね」
「え?」
「何でそんな意外そうな顔するんですか。当たり前でしょう? もう離れ離れはこりごりですから」
「……命がけの戦いになりますよ」
「どうせ戦争も命がけです」
「何の罪もない人々を殺さなければなりませんよ」
「それが努君のためになるのなら何も躊躇いません」
「クラスメイトを手に掛けなければなりません」
「それでもです」
どうやら適当なことを言ったわけではなさそうだ。
しかし――
「本当にいいんですか? 君は普通の人間と同じ倫理観を持っているはずです。きっと、辛い道になりますよ?」
「そんなことないです。私、努君がいなくなって気づいたんです。私が努君の生きる理由なのと同じように、私の生きる理由に努君がなっていることに」
「それは……」
「だから私、努君のためならなんだってするって決めたんです。努君が私のために出来る限りのことをしてくれるのと同じように」
きっと、これは普通の恋愛関係なんかじゃない。
大きすぎる心の傷を埋め合ったことによる、倫理観を歪めるほどの代償だ。
だけど……きっと、悪い関係じゃないと思う。
だって、彼女の告白を聞いてより一層彼女のことを愛おしいと思う気持ちが湧き出てきたのだから。
衝動的に、僕は彼女の顔との距離を近づけていく。
彼女も僕が何をしようとしているのか察したようで、そっと目を閉じる。
そして、柔らかな唇の感触を感じつつ、優しいキスを交わした。
「嫌じゃありませんでしたか?」
「そ、そんなことないです。むしろ求められて嬉しいというか……やっぱり忘れてくださいっ!」
彼女は顔を真っ赤にしてあたふたしている。
昔は、こんなに幸せな時間はなかった。
愛なんて知らなかったから。
愛する人と一緒にいることの幸せなんて知らなかったから。
今は、この時間が僕の一番の宝物であり、生きる理由。
そして、宝物は守らなくてはならない。
相手が勇者だろうが魔王だろうが神だろうが。
僕は自分勝手に、決意を新たにした。




