幕間 篠宮努という男の過去③
ようやく涙が枯れた頃、彼女から離れてその姿を目に写す。
屋上に来たときは、容姿を観察する余裕なんてなかったが、よくよく見れば中々整った顔立ちをしている。
大きな目に、黒い瞳。
セミロングの黒髪に、鼻筋の通った顔。
お互いに泣いていたのでひどい表情になってはいるが、美少女と言って相違ないだろう。
そういえばどこかで見覚えがあるような……ああ、クラスメイトの五十嵐葵さんだったか。
同じ組なのに気づかないとは。
当然ではあるがまったく余裕がなかったんだなぁ。
「助けられたのを承知で言うのですが、物好きなことをするんですね。こんな、頭のおかしい奴を助けようとするだなんて」
「あなたはおかしくなんかないです」
「君は普段の僕を知っているでしょう? 何の変哲もない高校生活を送っています。が、いきなり豹変して口調まで変わって、自殺しようとしていた僕がおかしくないと言うのですか?」
「はい。だって、私を助けてくれたじゃないですか」
「……それだけですか?」
「え~っと、それだけと言えばそれだけなんですけど、それだけでもないというか、なんというか……」
何故だか、急に歯切れが悪くなった。
おまけに声が尻すぼみになっている。
まぁ答えたくないならそれで構わない。
何せ、彼女は俗に言う命の恩人なのだから。
「ともかく、今度は僕がお礼をしないといけませんね。手始めに、あなたが二度とあんなことの対象にならないようにしましょうか」
「そ、そんなの無理です。クラスぐるみでやられているんですよ……?」
「どうせさっきので僕もターゲットになるでしょう。自分の都合でまとめて解決するだけですよ。それに、実は僕もあなたと同じで生まれつき少々特殊な能力がありましてね」
「え?」
「別に大した能力じゃありません。ただ、ちょっと頭のつくりが違うだけですよ」
そう言って、僕は彼女を残し屋上を後にした。
【俺】は彼女に降りかかるいじめを見て見ぬふりをしていた。
それが普通だったから。
だけど、僕はもう普通じゃなくていい。
異常なこともやってやろうじゃないか。
葵さんには悪いが、すぐに解決という訳にはいかない。
彼女の言う通り、いじめはクラス公認になっているし、いじめの主犯グループも五、六人の規模だからだ。
屋上の時は、奴らは自分たちが攻撃を受けるというのに慣れていなかったので運よく撃退できたが、次はそうもいかないだろう。
常人より幾分か強い自信はあるが、複数人相手に勝てる程じゃない。
だから、別の手段で叩き潰す。
その日、僕は家に帰る前に電気屋に寄って録音機を買った。
いじめの証拠を記録するためだ。
次に、家に帰ったところで、僕は久々に【俺】の人格に干渉をした。
基本的な部分は変えずに、精神状態の設定だけを変更する。
いかにもいじめで憔悴して、鬱になりかけているかのように。
両親へのさりげない学校に行くのが辛いアピールも欠かさない。
最終的には、両親にも協力してもらわないといけないからね。
徹底的にやろう。
慈悲なんてものを間に挟むな。
容赦なんてものは捨ててしまえ。
恐れられようが知ったことか。
もう孤独ではないのだから。
これは、僕が初めて心の底からやりたいと思った、僕らしくもない恩返し。
そして、今の僕の生きる理由。




