第21話 嫌な空気
二日前、王都に滞在していた俺たちの元に妙な話が聞こえてきた。
この王都から東に位置するロルムの街の近くに、新しくダンジョンが見つかったらしい。
新しいダンジョンが見つかるのは珍しい事ではあるのだが、大抵の場合あっという間に冒険者に探索され尽くしてしまうので、普通なら俺たちの出る幕はない。
だが、今回は話が違った。
なんでも、最初にダンジョンの場所を知らせた冒険者以外、誰もダンジョンに入った後出てこないようなのだ。
中にはBランクの冒険者もいたというのに。
そして、その場所を知らせたという冒険者も、ダンジョン探索の依頼を受けたっきり行方が知れなくなっている。
結果として、ダンジョン内部の情報が一ミリも更新されず、依頼の難易度も上がっているという。
これは明らかに異常事態だ。
探索し尽くせていないというダンジョンは存在するが、帰還できずに探索が進まないダンジョンなんて聞いたことがない。
うちのリーダーでAランク冒険者であるディスニルも、そんな話は聞いたことがないという。
そこで、話が事実が確かめ、事実なら俺たちで攻略しに行こうという話になったのだ。
メンバーの一員であるザックは、自分の故郷ということもあって今回の遠征を楽しみにしていたようなのだが――
「何やら空気が重いな」
「おいザック、お前の故郷はいつもこんな空気なのか?」
「……少なくとも、前帰ってきたときはこんな空気じゃなかった」
街に入った俺たちを、どんよりとした空気が襲った。
パッと見は大して異常がないように見えるが、ふとした時に住民が不安気な表情を見せる時がある。
街の近くに、冒険者が攻略できないダンジョンがあるなんて話を聞いたら不安にもなるだろう。
俺たちは少々事態を甘く見ていたのかもしれない。
普段は明るいザックも、目に見えて落ち込んでいる。
「ねえザック大丈夫? 別に依頼を受けに行くのは休憩してからでもいいのよ?」
「アンリ……いや、大丈夫だ。僕の故郷に何が起きたか確かめないと休むなんてこと出来ないよ」
そう答えた彼の目には疲労もあったものの、強い決意が垣間見えた。
冒険者ギルドに入ると、そこにはより一層重い空気が立ち込めていた。
普段なら列を作っているであろうカウンターも今はすいており、情報交換にいそしんでいる冒険者の人数も少ない。
ギルドにいた人たちは入ってきた僕たちを見ると、その表情を少しばかり明るくして、期待を込めた視線を送ってきた。
大方リーダーのバッチでも見たんだろう。
こういう反応を見るとAランク冒険者がいかにすごいか思い知らされる。
「依頼を受けに来た。ダンジョン探索の依頼はあるか?」
「はい。現在Bランクのダンジョン探索の依頼があります。失礼ですが、Aランク冒険者で火の付与術士のディスニル様ですか?」
「……ああ」
リーダーの返事を聞いた瞬間、受付嬢の表情がぱあっと輝いた。
きっと、名のある冒険者が来てくれたことが嬉しかったのだろう。
もっとも、リーダーは自身の二つ名を余り気に入っていないようだが。
本人曰く「まるで俺が熱血みたいじゃないか」とのことだが、二つ名は性格の方ではなく戦闘スタイルの方を表しているのだから仕方ないだろう。
その後は依頼の説明を受け、判明している限りのダンジョンの情報を聞いた後、俺たちはギルドを出た。
そして、とりあえず今日は街で一泊して、万全の状態でダンジョンに挑もうということになった。
二日程度とはいえ、馬車での旅は疲れがたまるものである。
翌日、俺たちは門で集合して、ダンジョンへと向かった。
道中はなんの変哲もない草原で、特にトラブルもなく目的のダンジョンへとたどり着いた。
ダンジョンも、なんの変哲もない石レンガ造りの通路だったのだが――
「嫌な空気だ」
リーダーがぽつりとそう言った。
それに俺も同感だ。
ダンジョン内からは、長年冒険者をやっていると分かる独特の空気が感じられた。
とても、とても嫌な……死を感じさせる空気だ。
俺たちは気を引き締めなおして武器を構えた。
リーダーは使いこまれた黒い刀身を持つ双剣を。
ザックは魔物由来の素材から出来た短弓を。
アンリは拳ほどの大きさがある魔法石が嵌った杖を。
最後に俺、フォルグは銀色に輝く剣と盾を。
そうして、ひとかけらの油断もせずに、俺たちはダンジョンへと侵入していった。




