第165話 試験運用
第三段階を終わらせてから一週間が経った、ある日の昼頃の事。
僕たちが待ち続けていた帝国軍は、遂にその姿をロルムの前へと表した。
僕としては、帝国軍が来る前に王国軍の敗残兵ぐらいは来るのではないかと思っていたのだが、どうもその予想は外れたと見える。
別の街に敗走したのか、はたまた敗走すら出来ずに殲滅されたのか、どうなったのかは今のところ不明だ。
こちら側の状況を説明すると、現在僕は町長の屋敷に待機しており、黒曜の通信球を用いて城壁の上で偵察をしている葵さんから情報を受け取っている。
それによれば、これからやって来る帝国軍にバルトロと清水さんの姿はないとの事だ。
ただ、指揮官らしき男の隣に、以前帝国軍の本陣で見かけた木戸浩二という名前の勇者がいたのを見つけたらしい。
考えようによっては、これは丁度いい機会だ。
この勇者を清水さんに見立てれば、第四段階の作戦が実際に通用するかのテストが出来る。
もちろん、実戦なので油断は出来ないし、木戸浩二の戦闘能力が清水さんと同等かは疑問だが、兵士たちを対象としたトラップのテストとしては十分だろう。
そんな事を、僕は通信球で葵さんに伝えると、町長を連れて自分も城壁付近へと向かった。
この町長を使うタイミングもまた、同様にやって来たという訳だ。
「さて、とうとう約束の時が来ましたよ、町長。後は打ち合わせの通り、帝国軍の降伏勧告を受け入れて頂くだけで結構です。他の事は、全てこちらでやらせて頂きますから」
「‥‥‥子供の癖に、随分と手際のいい事だな」
「ええ、おかげ様で。とにかく、任せた事は忘れないようにして下さいね?」
皮肉の応酬を僕はそう締めくくると、白旗を持たせた町長を城門の前へと送り出した。
彼も命が惜しいのなら、後は大人しく打ち合わせ通りに動いてくれるはずだ。
程なくして、帝国軍も城門の前へと到着し、町長と向こうの指揮官との会話が始まった。
「都市ロルムの代表に告ぐ! 降伏の意思があるのならば、城門を開けよ。さもなくば、抵抗の意思があると見做すぞ!」
「ロルムの町長として、開門にあたり交渉を要求したい! 決して、我々に抵抗の意思はないが、私には住人を守る義務がある。差し当たっては――」
といった風に、帝国軍の指揮官は開門を要求したが、町長によってその交渉が始まった。
通常、軍隊が敵国の街に進駐する際には、このように交渉を行うのが一般的らしい。
内容としては、兵士が住民に暴行を加えないようにしたり、略奪行為を制限したりする決まりを作るようだ。
もっとも、軍隊側に破られて決まりが機能しなくなる事も多々あるようだが、今回に限って言えばそれ以前の問題である。
何せ、住人は既にほとんど死んでいるし、こちら側は帝国軍を騙して皆殺しにする気満々だ。
よって、町長が開門を拒否しない限りは、交渉の結果などどうでもいい。
しばらくして、帝国軍の指揮官と町長の交渉は終わり、城門は僕が指示を出した兵士ゾンビによって開かれた。
そして、帝国軍の兵士たちは特に命令違反する事もなく、街の大通りを行進して行く。
パッと見は普通の人間に見えるゾンビたちも、何だか生活感に欠けるような気がする街並みも、彼らにはっきりとした疑問を持たせることはない。
ただ何となく、言葉に言い表せない違和感を抱えながらも、彼らは僕の用意した地獄に突き進むのだ。




