第160話 最後の砦
「二人とも、今まで大変お待たせしました。ここからは、特に異常事態も無かったので、事前に決めた通りに動いてもらう事となりますが‥‥‥当然、打ち合わせの内容は覚えていますね?」
円塔を出たところ、ちょうど横の城門を通ってきたレークスとレギナに会ったので、僕は彼らにそう質問をした。
大丈夫だと信じてはいるが、念のための確認だ。
「もちろんですよ、主様。そこらの雑魚魔物じゃないんですから、こんなすぐに忘れないですって」
「我も同様だ。今後の行動にさしたる支障はない」
「それなら、後の仕事は任せましたよ。僕は僕で、葵さんと片付けるべき仕事がありますから」
ちなみに、打ち合わせで彼らに任せた仕事というのは、この街の建物内にて隠れ潜んでいる住人の徹底的な虐殺だ。
流石に、僕と葵さんだけで建物を一つ一つ調べるのは時間がかかりすぎるため、今回は数の多いレークスのゾンビとレギナの化け蜘蛛に任せる事にしている。
そうして、彼らとの確認作業を終えた僕は当初の予定通り、待ち合わせ場所の冒険者ギルド付近へと向かい、特に何事もなくそこに到着した。
この冒険者ギルドは、公共施設という事もあってか街の大通りに面した場所にあり、現在中からは人々が慌ただしく動いている音が聞こえてくる。
恐らくは葵さんの言った通り、居合わせた冒険者たちが籠城の準備をしているのだろう。
一方で、肝心の葵さんの姿は、周囲を軽く見渡してみても見つからない。
そのため、まだ来ていないのだろうかと連絡のために黒曜の通信球に手を伸ばすと、上の方から「私はこっちですよ」という葵さんの声が聞こえてきた。
それで、声のする方を見てみれば、冒険者ギルドの向かいにある建物の三角屋根の上に、足を宙ぶらりんにして座る葵さんがいた。
すぐに返事をしてもよかったが、道端で人殺しの話をするのも少しばかり難だ。
そこで、僕は葵さんと同じく三角屋根の上に登り、座ってから会話を再開した。
「こんなところにいたとは、盲点でしたよ葵さん。とにかく、無事なようで何よりです」
「それはこっちの台詞ですよ、努君。仕方ないのは分かってますけど、返り血の量が増えてるとほんっと心臓に悪いんですから‥‥‥。それで、努君はこの冒険者ギルドをどう片づけるつもりなんです?」
葵さんにそう言われ、僕は目の前の冒険者ギルドをどう処理すべきか思考を始める。
せっかく建物の中に立て籠っているのだから、油を持ってきて建物自体を燃やし、中の人間を焼き殺してしまうべきだろうか。
しかし、それで派手な焼け跡が出来てしまうと、後で誘い込む予定の帝国軍に少なからず怪しまれてしまうだろう。
後のためにも、中身はともかく街の外見は出来る限りそのままにしておきたい。
となると、面倒だがやはり僕自身が手を汚すしかないか。
「いつも通り、簡単な作戦で片付けてしまいましょう。これから、僕はリビングナイフたちを窓から侵入させて、冒険者ギルドの中にいる人たちを襲わせます。そうすると、中の人間たちが慌てて外に出てくると思うので、そこを僕と葵さんで手分けして殺すという作戦です」
「‥‥‥籠城を試みている人たちが、そんな簡単に出てきますかね?」
「出てきますよ。彼らが想定している敵は、ゾンビであって僕たちじゃありません。窓から侵入してくるリビングナイフも、待ち構えている僕たちも、彼らにとっては想定外のはずです」
少し心配そうに疑問を呈する葵さんに、僕はそう説明をする。
その後は、葵さんとどう役割分担するのかについて軽く話し合った後、作戦を実行するために動き始めた。
具体的な配置を説明すると、僕は冒険者ギルドの裏口前に移動して、そこから逃げ出す人間を担当する。
一方で葵さんには、引き続き三角屋根の上から正面玄関を監視してもらい、出てくる人間を射下ろしてもらうつもりだ。
そうして、僕は配置についたところで、百本のリビングナイフを冒険者ギルドの中に侵入させた。
「うわっ、一体何なんだこのナイフは!」
「だ、誰か助けてくれ! 血が止まら、な‥‥‥ぃ」
「痛い、痛い、何も見えない。俺の目、一体どうなっちまったんだ‥‥‥」
「逃げろ、外に逃げるんだ! このままだと全員殺されるぞ!」
僕の予想通り、リビングナイフを突入させた冒険者ギルド内部からは、阿鼻叫喚の光景を想像させる雑多な叫び声が次々と聞こえてきた。
そして、これまた僕の予想通り、リビングナイフから逃げようとする人々は次々に冒険者ギルドから出ようとする。
そんな彼らを、僕は待ち伏せてひたすら殺した。
混乱に付け込み、地魔法で相手の足元に岩石を生み出して転ばせる、なんていう小細工も挟みながら、狭い裏口から急いで出ようとする人々を殺し続けた。
そして‥‥‥
「努君、こちらの方は一区切りつきましたよ。そちらはどうです?」
「ちょうど今、最後の一人を殺したところです。リビングナイフがちゃんと仕事をしていれば、これで全員殺せたはずですよ」
作戦開始からしばらくして、背嚢の中にある黒曜の通信球から葵さんの声が聞こえてきたので、僕も同様に通信球を使ってそう返事をする。
散乱した死体に囲まれて、血だまりの中に足を突っ込んで。
僕は少しの動揺もなく、いつも通りの声色で言葉を紡ぐ。
その後、ひと段落した僕は暮れていく空を横目で見ながら、ひとまず葵さんと合流した。




