第157話 第一段階
あれからも、僕たちは作戦開始日となる一週間後まで、基本的にはレイヴ洞窟で待機をしていた。
予想はしていたが、罠と無機質な岩壁しかないこの場所で、ただただ時が過ぎるのを待つというのはひどく退屈だ。
僕と葵さんはまだ、時々偵察と称してロルムへこっそり行く事も出来たのだが、人間に紛れられないレギナとレークスはそうもいかない。
それで、僕は暇つぶしと鍛錬を兼ねて、上位魔物たちの戦闘訓練に存分に付き合った。
正直なところ、長時間にわたる変わり映えのしない戦闘には途中から飽きがきていたが、得られた物もちゃんとある。
中でも大きかったのは、やはりリッチもといレークスの戦闘能力をしっかり把握出来た事だろうか。
訓練とはいえ、実際に戦闘を行ったので、[鑑定]だけでは得られない能力の詳細がよく分かった。
端的に言ってしまうと、レークスは手持ちの杖と持ち前の膨大な闇魔力を生かした、闇魔法による後衛からの遠距離戦が得意なようだ。
都合上訓練では使えなかったが、実戦では生き物の死体に[死霊術]を使ってアンデット族の魔物を生み出し、それを盾役にして一緒に戦うらしい。
これから始まる作戦のロルムを制圧する段階では、ほぼ間違いなく人間の死体が大量に発生する。
そこで、レークスは僕の思惑通り、不死の王としての本領を遺憾なく発揮してくれるだろう。
そうして、待ちに待った作戦実行日の昼頃。
僕と葵さんは予定通り、ロルム内部に混乱をもたらすため、一足先にロルムの城壁内に居た。
戦時という事もあり、ロルムの出入口では検問が行われていたが、僕たちはいつものように城壁を飛び越える事によってこれを回避。
難なく城壁内へと侵入していたのだ。
特に変装等はしていないが、相手が騎士団員でもない限り、顔を見られたとしても正体がバレる心配はないだろう。
その後は、偵察で目星を付けていた城壁近くの商店に入り、夕方までの時間をつぶす。
そうして、予定時刻となる夕方の訪れを朱色の空が知らせた時、僕たちは満を持して動き始めた。
「兵士の配置は‥‥‥パッと見、偵察で前に来た時と変わりありませんね。罠や怪しい箇所も特になさそうです」
「了解です。それなら、打ち合わせ通りに事を進めるとしますか。待機しているレギナとレークスのためにも、さっさと終わらせてしまいましょう」
店を出て、城壁を見上げながら話す葵さんに僕はそう返事をすると、全身身体強化と無属性のボディーエンチャントを発動させてから、毎度のように地魔法で足場を作って城壁を登っていく。
そして、無事に登りきった後は近くにいた見張りの兵士に肉薄すると、その首を双剣の一振りであっという間に切り落とした。
結果として、目の前には血の噴水が出来上がり、その傍には驚愕の表情を浮かべる兵士の生首が転がる。
それで、辺りでは一瞬の静寂の後に悲鳴が響き渡ったのだが、葵さんはそれを意に介さず僕に追随し始めた。
僕が目指したのは、城壁の一部に組み込まれた防御施設である物見塔だ。
先にここさえ制圧してしまえば、上からチマチマと矢を撃たれる心配がなくなるし。
何より、僕たちが付近で一番の高台であるこの物見塔を利用出来るようになる。
そんな考えの下、事前に行われた打ち合わせ通りに、僕たちは行動を重ねた。
物見塔には三名の兵士がいたが、彼らはあくまでも弓を主として戦う普通の人間だ。
城壁の上から一瞬で侵入して、剣を振るってきた迷宮主と勇者に歯が立つわけもなく、三人は護身用のナイフを抜く事すら出来ずに血の海に沈む。
「それでは葵さん。この場所の防衛はもう任せますよ」
「はい。努君も頑張ってくださいね」
そうした短い会話の後、僕は葵さんに物見塔を任せて、再び城壁の上に舞い戻った。
せっかく弓使いの葵さんがいるのだから、遠距離攻撃手段の乏しい僕があそこに残っていても手持ち無沙汰だ。
それよりも、僕には優先すべき事柄がある。
「何だ、一体何が起こっている!? 誰でもいいから状況の報告をしろ!」
「そ、それが何もかもあっという間で‥‥‥ただ、フード付きの外套を着た二人組が城壁上の兵士を襲撃し始めたとしか」
「馬鹿者、その情報だけで十分だ! 王国騎士団から報告のあった、裏切り勇者の特徴じゃないか!」
ロルムの城門近くにある、警備の詰所の内部にて。
そんな会話が行われたのを、僕の強化された聴覚が捉えた。
言葉遣いからして、恐らく片方は隊長格の人間だ。
今回の目的である防衛計画の混乱を引き起こすには、こういう指揮系統の頭に相当する人間を殺すのが一番手っ取り早い。
詰所という屋内のため、葵さんには手が出しづらい場所だが、今の僕なら無理やり突撃する事も十分可能だろう。
そういった判断を下した僕は、城壁の上を移動して出来るだけ詰所に近づくと、いきなり詰所の入り口前へと飛び降りた。
「なっ!? 貴様、一体どこから――」
偶然、鉢合わせて何やら騒いでいた兵士を、僕はリビングナイフを首に突き刺す事によって一瞬で黙らせる。
人が集まって来ると面倒なので、ここからは時間との勝負だ。
決断通り、僕は隊長格らしき人の声が聞こえた部屋を目指して、詰所の中を疾走し始めた。
逃げようとする人間は無視をして、立ちはだかる人間は斬り捨てる。
そんな、大変目立ちはするものの迅速な移動形態をとっていると、大して広くもない詰所の一室まではあっという間だ。
勢いよく扉を開け、その部屋の内部を見てみれば、そこでは鉄鎧を着込んだ壮年の男が机の前に悠然と座っていた。
それで、僕は念のために一つ質問をする。
「一応確認しますが、あなたがこの街の兵士の隊長という事で間違いありませんね?」
「ああ、そうだが‥‥‥お前の目的は一体何だ? こんな事をしでかして、一体どういうつも――」
またも、何やら喋っていた隊長さんを、僕はその言葉の途中で容赦なく殺害した。
彼がどういうつもりだったのかは知らないが、僕は事実確認さえ出来ればもう十分だったのだ。
生かしておく理由はどこにもない。
目的を達成して一息つき、返り血に塗れた自分の外套を眺めて、僕は洗うのが面倒そうだと一人ため息をつくのだった。




