幕間 清水結希乃という女の過去⑤
あの後も、私はいくつかの宿場町を経由しながら移動を続けて、なんとか帝都にたどり着きました。
最低限の食事や休息はとっていましたが、なにぶん一心不乱で旅をしていたので、身体はもうすっかりクタクタです。
そんな状態で私が真っ先に向かったのが、小さな砦のような外観をした帝国騎士団の本部でした。
「あの、すみません。ここにバルトロ・クルーガーという方はいますか?」
建物の中に入り、帝国騎士団の受付係らしき人を見つけた私は、その人に恥も外聞もなくそう質問をします。
薄汚れた格好をしていたため、周りの騎士団員らしき人からは胡乱な目で見られていましたが、そんな事は二の次でした。
この時、私の頭の中にあったのは、謎の声からの指示内容のみです。
「バルトロ様にご用事、ですか? 申し訳ありませんが、バルトロ様は帝国騎士団の団長でご多忙な身です。事前の約束も無しではとても――」
「いや、俺が許可する。この女は俺の客人だ」
そう言って、受付係さんの説明に割り込んできたのは、黒い鎧を着た大柄な男でした。
危うく追い返されるところだったので、私としては助けられた形になります。
「突然割り込んですまんな。先に自己紹介をしておくと、俺が件の騎士団長バルトロだ。お前の名前は‥‥‥清水結希乃で合ってるな?」
「は、はい」
「なら俺について来い。二人だけで話したい事がある」
知る由もないはずの名前を当てられ、動揺しつつも返事をすると、バルトロはそう言って私をその場から連れ出しました。
そうして連れて来られたのは、騎士団長専用の執務室のような場所です。
この辺りから目的が達成されたからか、私は謎の声による影響から解放されていました。
「さてと、お前も色々と聞きたい事はあるだろうが、まずは俺の質問に答えてもらう。単刀直入に聞こう。どうして、お前は俺に会いに来た?」
「‥‥‥頭の中に突然響いてきた謎の声が、バルトロ・クルーガーに会うべきだって言ってたから。どうして従っちゃったのかは、私にも分からない」
「ふむ‥‥‥なるほどな。よし、それなら俺からも今持っている情報を教えよう。どうやら、俺とお前はよく分からん存在によって引き合わされたらしい。実は俺もな、その謎の声とやらを聞かされたんだ」
そう前置きをして、バルトロは自身が聞いた謎の声の内容を話し始めました。
それによると、彼は私が王国の勇者で死体愛好者である事を教えられ、その上でここに来た私を迎え入れるように指示されたとの事。
死体愛好という世間では絶対に受け入れられない性癖をバラされ、私は思わず身構えます。
しかし、それに対するバルトロの反応は意外なものでした。
「おいおい、気持ちは分からんでもないがそう身構えるな。実のところ、俺もお前と同じくイカれた人間なんだよ。命の奪い合いが何よりも大好きな、ご世間様からしたら度し難い戦闘狂だ」
「‥‥‥それ、本当なの?」
「もちろんだ。人の死に恋をする女と、殺し合いに恋をした男。分かり合えると思わないか? 少なくとも、俺はお前の事を気に入っている」
バルトロは獰猛な笑みを浮かべ、私に向かってそう言いました。
この時の私は謎の声に囚われ、後先考えずに行動したせいで、王国の後ろ盾を失った孤立状態です。
そんな状況下で、このバルトロの提案を断る理由は私にはありません。
「分かった。あなたの仲間になるよ、バルトロ。はっきり言って、今の私には他の選択肢もないし」
「いい判断だ。謎の声の思い通りになるのは癪だが、俺たちはきっといいパートナーになるだろう。部下たちには俺の方から説明をしておく。それで早速だが、仲間としてのお前に最初の質問だ」
「何?」
「王国の勇者たちは、今どんな状態だ?」
帝国の騎士団長として、帝国軍の一員としてのバルトロは、仲間となった私にそう質問をします。
それに対し、私は信頼を勝ち取るためにもその答えを正直に話しました。
三人の勇者は、未だに王城で引き籠っている事。
それ以外の勇者は、二人の勇者の裏切りによってほぼ全滅した事。
それから、その二人の勇者は恐らく大司教をも返り討ちにして、今も何処かで生きているという事など。
全ての情報を洗いざらい話し終えると、バルトロは満足したように頷き、再びその口を開きました。
「という事は、今の王国にはまとも使える勇者がいないのか。これは攻め込むチャンスだな」
「私が嘘をついているとは思わないの?」
「ああ。お前は諜報員にしては杜撰すぎだし、さっきの話が作り話だとしたら突拍子もなさすぎだ。いいから、さっさと戦争の準備を始めるぞ。人がそこら中で死にまくる、殺し合いの幕開けだ」
バルトロはそう言って、その獰猛な笑みをより一層深めます。
また、人が死にまくると聞いた私も、気付けば軽く笑っていました。
‥‥‥これが、私がバルトロと仲間になるまでの物語。
そして、戦争が始まるきっかけとなった過去の物語です。
次回より本編に戻ります。




