第154話 限度
バルトロのパワーアップによって、これまで互角だった戦いの形勢は、劣勢へと一気に傾いた。
今のところ、バルトロと僕との戦いは葵さんの支援のおかげでどうにか成り立っているが、そのせいで葵さんが清水さんに追い詰められているというのが現状だ。
はっきり言って、そう長くは持ちそうにない。
だが、前にも言ったがこちら側にも切り札はある。
今こそそれを使うべき局面だろう。
帝国兵に変装する都合上、南森林に置いてきたリビングナイフ九十二本。
それらを、僕は突っ込んでくるバルトロに対し一気に差し向けた。
実は苦戦を予期して、これらのリビングナイフはあらかじめ付近にまで呼び寄せられていたのだ。
「おっと、話には聞いていたが本当だったのか。空飛ぶナイフとは驚いたな」
自身に向かってくるリビングナイフを見て、バルトロは平然とそう告げる。
しかし、そんな余裕は実際にリビングナイフとの戦闘が始まるとすぐに消え去った。
確かに、バルトロのスピードは化け物じみていたが、得物はあくまでも鈍重な大剣であり、素早く動き回るリビングナイフの迎撃は不得手だったのだ。
バルトロは黒い板金鎧で全身を固めていたものの、僕はリビングナイフへ指示を出し続け、鎧の関節部やむき出しの頭部を執拗に攻撃させる。
それでもなお、バルトロは強引に追撃を続行したが、その勢いは明らかに弱まっていた。
「バルトロ、もうそろそろ森が近いよ。あそこまで逃げられると、流石にちょっと不味いんじゃない?」
「分かってる。しかし、この空飛ぶナイフが予想以上に面倒だ。ナイフ如き、鎧を着ていれば大丈夫だと思っていたんだがな。弱点を正確に狙ってくるのは完全に想定外だ」
清水さんの警告に対し、バルトロは苛立ちを覗かせながらそう言葉を返す。
その一方で、僕はもはや葵さんの支援がなくとも、バルトロの攻撃を凌げる程度の余裕を取り戻していた。
また、それに伴って葵さんも、清水さんと互角に戦えるように回復している。
結局、その後はバルトロも清水さんも特に新たな動きを見せる事はなく、僕たちはそのまま南森林まで撤退する事に成功した。
バルトロたちが森の中まで追ってくれば、レギナと蜘蛛たちを率いて反撃するつもりだったが、彼らとて流石に引き際はわきまえている。
僕たちが南森林に入ると、バルトロたちは大人しく帝国本陣方面へと引き返した。
これにて、この予定外の撤退戦は終了だ。
「なんとか、無事に逃げきれましたね」
「ええ、本当になんとかですが。全くひどい目に遭いましたよ」
南森林の中にて、バルトロが帰っていくのを確認した僕たちは、ようやく一息ついてそう話をする。
見れば、お互い身体が随分と傷だらけだ。
葵さんの身体には清水さんの槍によってあちこちに切り傷が刻まれ、僕の身体には無理な回避行動によってそこら中にあざが出来ている。
「それにしても、清水さんはどうしてあんな戦闘狂に従っていたんですかね?」
「さぁ、どうしてでしょう。葵さんでも分からないとなると、僕としてはお手上げですね」
自身の身体を光魔法で回復させる葵さんを横目で見ながら、僕は適当にそう言った。
実際、清水さんの行動原理は何もかも不明だ。
彼女は僕たちがレイヴ洞窟で本性を現したように、この戦場で突然その本性を現し始めた。
いつからかは知らないが、彼女は間違いなく異常者だ。
人に向かって堂々と「あなたたちを殺したい理由がある」なんて言えるのは、絶対に普通の人間ではない。
ただ、お互いどんな風に異常なのかを知らないだけだ。




