第153話 撤退戦
率直に言って、今のところ僕たちとあの二人の戦闘力は拮抗していた。
僕とバルトロの近距離戦は、剣で打ち合うだけでお互い傷すらつかないし。
葵さんと清水さんの中距離戦は、[未来視]で全ての攻撃を避ける葵さんと[氷結晶]で全ての攻撃を防ぐ清水さんとで、すっかり膠着してしまっている。
しかし、こんな言い方をしてはいるが、僕たちにとってこれは好都合な展開だ。
こうして戦っている間にも、僕と葵さんはバックステップをするなりして、予定通り後退し続けているのだから。
体力が無くなってきてはいるが、それに関してはお互い様のはずだ。
「手ごわいな、流石は勇者殺しといったところか。そこまで強いのなら、逃げずに正々堂々と戦ってもいいんじゃないか?」
「生憎、今は戦いたい気分じゃないんですよ。決闘なら、またの機会にお願いしたいですね」
相変わらずの撤退戦が繰り広げられる中、投げかけられたバルトロの戯言を、僕はそうやって切り捨てる。
この調子で追撃をいなせれば良いのだが、果たしていつまで持つのやら。
スキルが一切不明のバルトロと清水さんが、特殊なスキルを殆ど使わずに戦い続ける様はかなり不気味だ。
思うに、僕がリビングナイフという手札を隠しているように、向こうも何か手札を隠している。
「っち、このままだと埒が明かんな。しかし、ここまで苦労して逃げられるのも癪だ。気は進まんが、あれを飲むとするか」
一旦、バルトロは追撃を中断してそう言うと、腰のポーチから赤黒い液体の入った薬瓶を取り出す。
発言からしても、あれがバルトロの切り札だとみて間違いないだろう。
思い違いだと願いたいが、赤黒い液体と聞いて思い浮かぶ物質はただ一つだ。
「努君。あれ、明らかに人間の血液ですよ。あの人、もしかして吸血鬼なんじゃないですか?」
僕の願いも虚しく、葵さんはそんな情報を僕に伝える。
吸血鬼うんぬんはともかく、やはりあれは血液のようだ。
それも、葵さんによれば人間の。
僕たちが注視する中、バルトロは清水さんにカバーされながらもその薬瓶の栓を開け、中身の血液を全て飲み干した。
また、恐らくはそれによって、バルトロの姿に変化が表れ始める。
幾何学模様の赤黒いタトゥーのようなものが、見える限り全身の肌に浮き出てきたのだ。
「清水。今はお前が力を発揮しきれないのは知っているが、それでもお前は俺の眷属だ。義務を果たして死ぬ気でついて来い!」
バルトロは清水さんに向かってそう話すと、これまでと同じように、大剣を引っ下げて僕の方へと突っ込んで来る。
だが、やり方は同じでもそのスピードはこれまでとは桁違いだ。
受け止めきれないと判断した僕は、防御を止めて回避行動に移行する。
刹那、僕の眼前まで迫ったバルトロは、僕の身体を真っ二つにせんと大剣を横薙ぎに振るった。
対する僕は、どうにかそれを確認し、その場で跳躍して攻撃をかわす。
ひとまず一回は凌げたが、攻撃はこれで終わりではない。
バルトロは横薙ぎの勢いをそのままに、身体を一回転させて次の攻撃を繰り出し始めた。
跳躍してまだ空中にいる僕を狙った、強烈な大剣の切り上げ攻撃だ。
いくら遠心力を利用しているとはいえ、着地する余裕すら与えられないとは、いくら何でもスピードが化け物じみている。
僕も地魔法で岩石を生み出し、苦し紛れの防御を試みるが、果たしてどこまで通用するか。
間髪いれずに、バルトロの大剣と僕が出した防御用の岩石が衝突した。
その結果、やはりというべきか、僕の岩石はあっけなく砕け散る。
だが、バルトロの大剣は僕を切り裂く事には失敗した。
危機に気づいた葵さんが、すぐさま僕と大剣との間に《障壁》を生成したのだ。
それも、勇者としての膨大な魔力がつぎ込まれ、スキル[加護]によって強化された、超高硬度の特製品を。
バルトロはそのまま大剣を叩きつけ、無理矢理その《障壁》を砕こうとしたが、間もなく諦めて引き下がった。
パワーアップしたバルトロが化け物じみているように、葵さんの光魔法も十分人間離れしているといったところか。
ともかく、パワーアップした攻撃の第一波はなんとか凌ぎきった。
なんやかんやで、僕たちはもうだいぶ後退している。
苦しいがあと少し、あともう少しの辛抱だ。
南森林に着きさえすれば、一時であれ僕たちの勝ちなのだから。




