第152話 狂気の邂逅
「努君、このままだと追いつかれますよ」
「分かってます。僕が合図を出すので、その瞬間に反転して応戦しましょう」
バルトロと清水さんに追撃をされ始めて、数分が経った頃。
砂ぼこりを上げて埋魂の荒野を走りながら、僕と葵さんはそう言葉を交わす。
ちらりと振り返って見てみたところ、あの二人との距離はもう残り五十メートルほどだ。
ここまで追いつかれては、もう南森林まで逃げ切るのは不可能だろう。
段々と距離が縮められるのを確認した以上、こうなる事は覚悟していたが、僕としては非常に不本意な展開だ。
生きて南森林まで撤退するには、この身を使ってあの二人を止めるしかない。
さもなくば、後ろから刺されてあっけなくゲームオーバーだ。
「さん‥‥‥にい‥‥‥いち‥‥‥今ですっ!」
そう言って僕が合図を出した瞬間、僕と葵さんは即座に体の向きを反転させる。
また、バルトロと清水さんもそんな僕たちの動きにすぐさま反応し、それぞれの得物を両手で構えた。
バルトロは禍々しい空気を纏う赤黒い大剣を、清水さんは白銀に輝く長槍を。
そうして、間もなく僕たちは衝突した。
ガキンッと、大きな金属音が辺りに二回響く。
どうやら、葵さんは《障壁》で清水さんの槍を防いだようだ。
その一方で僕は、魔鉄の双剣をクロスさせてバルトロの大剣を受け止めている。
「随分と必死に逃げるな、王国を裏切った勇者諸君。隣の女‥‥‥清水結希乃から話は聞かせてもらったぞ。どんな事情があったにせよ、昔の友を騙して皆殺しにするとは、素晴らしい実行力だな」
「お褒め頂きありがとうございます。僕としてはあなた方が追撃をやめて下されば、より一層感謝出来るんですがね」
僕とバルトロは真っ向から向き合い、鍔迫り合いをしながらそんな風に会話をする。
そしてすぐに、双方バックステップをして互いに距離を取った。
それに合わせて、葵さんも《障壁》を解除しつつ清水さんと距離を取る。
その際、葵さんは清水さんに向かって矢を放ったのだが、彼女はスキル[氷結晶]で空気中に氷を生成して、その矢を難なく弾いてしまった。
[未来視]によって矢の軌道は完璧だったはずだが、こうやって見てから対処されてしまうとどうしようもない。
まぁ、既に放たれた矢を確認出来る人間などそうはいないが、こういう例外がいるので大変困る。
「悪いが、諸君らの追撃を止める事は出来ん。俺はな、強い奴と戦うのが大好きなんだ。今回の戦争でも、王国の勇者と戦うのを心底楽しみにしていた。‥‥‥それなのに、勇者たちは既に諸君らの手で全滅させられたという。これはきっちりと、俺の楽しみを奪った責任を取らせるべきだろう?」
一旦距離が離れて睨み合いの状況となる中、バルトロは会話の続きをそう話して、犬歯をむき出しにした獰猛な笑みを浮かべる。
厄介な事に、このバルトロという男は話を聞く限り戦闘狂らしい。
やれやれ、清水さんがこの男に付き従っている理由がますます分からなくなった。
僕の記憶が正しければ、清水さんは戦闘狂について行けるような異常者ではなかったはずだ。
しかし、清水さんはそんな僕の疑問に答えるかのように、バルトロに続けて口を開いた。
「私も、悪いけど篠宮君たちの逃走を許してはあげられない。とある事情でバルトロさんに従っているからというのもあるけど、私にはあなたたちを殺したい個人的な理由もあるの」
「その理由というのは、クラスメイトを殺した僕たちへの復讐ですか?」
「そんなありきたりな理由じゃない。もっと利己的で、わがままな下らない理由よ」
僕の質問にそう答え、清水さんはその相変わらずの整った顔立ちで微笑む。
結局分かった事は、今相手にしているこの二人が僕たちとは違った形で狂っているという事ぐらいか。
ともかく、会話の内容がどうであれやる事は変わらない。
僕たちはこのイカれた二人組の攻撃を凌ぎきって、全力で南森林まで後退し続けるだけだ。




