第146話 占拠
あの後、僕と葵さんは予定通り貿易都市へ保存食を買いに行ったわけだが、戦争間近という事でかなり苦戦した。
どの食料品店も、需要の増加を見越して保存食の値段を吊り上げていたからだ。
覚悟はしていたが、実際に目すると値段の上がり幅にめまいがする。
それでも、どうにか一週間分の食料は買い込む事ができた。
所持金は全部使ってしまったし、これで足りるかどうかも不確かだが、今のところはこれが限界だ。
僕は人間を殺せば魂で腹を満たせるが、葵さんはそうではないし、いざという時はどこかの食料を奪いに行くとしよう。
さて、そんなこんなで現在僕たちは、その買い込んだ保存食を背嚢の中に詰め込んで、南森林の中を移動している。
目的地は、レギナに頼んでおいた戦場付近の占拠地点だ。
距離はそれほどでもないのだが、何しろけもの道さえない森の中なので、歩くのにとても苦労する。
リビングソードで進行方向の植物を切り払いつつ、重い荷物を背負って道なき道を進むのは、想像以上の重労働だ。
ウォルス団長からスキル[頑健]を奪えていなかったら、間違いなく身体強化を使っていたと思う。
それでも、僕たちはなんとか歩き続け、間もなく日が暮れそうな時に占拠地点へと到着した。
「お疲れ様です、主様、葵様。何というか‥‥‥思ったより消耗してます?」
「人間は君たちとは違って、森の中みたいな整備されてない場所を歩くと疲れるんですよ。まぁでも、ちゃんと指示を守っているようで安心しました。少しは肩の荷が下りましたね」
合流したレギナにそう返事をしつつ、僕は蜘蛛たちに占拠された周囲を見渡す。
元はただのうっそうとした森だったのだろうが、今やこの場は完全に蜘蛛のフィールドだ。
木々の間には至る所に巣が張られ、草むらの中では蜘蛛たちが虎視眈々と目を光らせている。
パッと見、レギナが連れてきた蜘蛛の数はおよそ六十匹ぐらいだ。
流石に大隊規模の兵士は相手にできそうにないが、小隊程度なら待ち伏せで十分対応できる数だろう。
レイヴ洞窟の防衛戦力も考えたら、これぐらいの数が妥当か。
「ところで努君、あれが埋魂の荒野で合ってるんですよね? 何だか、戦争の舞台とは思えないぐらい静かですけど」
「合ってますよ。平時はあくまでもただの乾いた土地ですから、静かなのは当然の事です」
そうやって、僕は北の方を指でさし示す葵さんに言葉を返す。
指の先にあるのは、南森林と埋魂の荒野の境目だ。
向こう側にある埋魂の荒野は話に聞いた通り、その乾ききった大地を天に晒し続けている。
葵さんも言ったように物静かであり、生命の気配などは微塵も感じられない土地だ。
近々、人間という生命が派手に音を立てるとは思うが。
「さてと、今日はもう遅いですし、僕たちはもう寝ましょう。早ければ、明日の午後には戦争が始まりますから、消耗した体力を回復させないといけません」
僕はそう言うと、ザルカム坑道の制圧で得た地属性の魔力を操り始める。
それから、魔力を思い通りの形に形成し終えると、他の属性と同様に魔力を活性化させた。
出現したのは、ベッドのような形をした二つの岩石だ。
本物のベッドのように柔らかくはないが、湿った地面の上で寝るよりかはマシだろう。
幸い、しっかり毛布は持ってきている。
それで、僕と葵さんは蜘蛛たちに夜間の見張りを任せると、荷物を置いてから岩ベッドの上で毛布にくるまり、それぞれ眠りにつくのだった。




