第145話 国境
「最初に前提として話しておくと、王国と帝国の国境には乾いた荒野が広がっています。葵さんは王城での座学で習ったと思いますが、それが昔からずっと戦争の舞台になっている、埋魂の荒野と呼ばれる場所です」
僕は前置きとして、葵さんとレギナにそう話す。
それから、本題の埋魂の荒野についての説明を始めた。
方位的な話をすると、王国は西に、帝国は東に位置しているのだが、これらの国を東西に分割しているのがこの埋魂の荒野だ。
遠い昔は広大な森林だったらしいが、王国への侵攻を目指す帝国によって切り開かれ、度重なる戦争によって荒廃し、今では荒野になってしまったという経緯がある。
しかし幸か不幸か、荒野の北端と南端には広大とまでは言えないが森が残った。
それらの森には特に名前はついていないが、便宜上それぞれ北森林、南森林と呼称する。
そして、実はこのザルカム坑道が位置しているのは、南森林の東端なのだ。
今回の作戦ではそれを利用し、蜘蛛たちを派遣して、戦場付近の南森林を占拠する。
そこから、僕と葵さんは戦場の様子を伺い、隙を見て勇者を殺害するというのが最終的な目標だ。
戦争中ゆえ、殺す方法はいくらでもある。
帝国兵に紛れての暗殺、夜間の睡眠時間を狙った暗殺、乱戦中での葵さんによる狙撃などなど。
隙さえあれば、どんなシチュエーションでも構わず殺すつもりだ。
とはいえ、やはり帝国の勇者たちの固有スキルは把握しておきたい。
あの神岡のように、[瞬間移動]のようなとんでもないスキル持ちがいたら大惨事だからだ。
そこで、万全を期すためにも今回は次のような流れで作戦を進めていく。
その一、先ほども話した通り、レギナと蜘蛛たちに南森林を占拠してもらう。
その二、僕と葵さんで貿易都市の保存食を買い込み、戦争中は南森林に籠っても飢えないようにする。
その三、戦争が開幕したら、適当な帝国兵の死体から装備を拝借し、帝国兵に紛れて勇者に[鑑定]を使用する。
その四、隙を見つけて勇者を殺害する。
――と、ここまで説明をしたところで、レギナから疑問の声が上がった。
「主様」
「はい、何です?」
「この作戦におけるボクたちの仕事って、要は主様たちの拠点確保係ですよね」
「ええ、そうなりますね」
戦争中、僕たちが活動拠点にするのは戦場付近の南森林だ。
それを占拠するレギナと蜘蛛たちは、確かに拠点確保係とも言えるだろう。
しかし、それが一体どうしたというのか。
「ひょっとして、ボクたち人間を食べに行けないんですか!?」
「‥‥‥ああ、何の事かと思ったらそれで騒いでたんですか」
驚愕の表情を浮かべるレギナに対し、僕はそう言葉を返す。
ちらりと横を見れば、葵さんは僕と同様に呆れた顔をしていた。
つい最近まで勇者をたらふく食べて、昨日はクリスタルゴーレムも食べたはずなのに、このアラクネはまだ人間を食べるつもりだったらしい。
「最初にも言いましたが、君が食事にありつけるのは運が良ければです。もしかしたら、王国軍か帝国軍が不意打ちを狙って南森林に来るかもしれませんが、可能性は低いですね」
「そ、そんなぁ~」
そう言って、レギナはその場でうなだれる。
やれやれ、飯の話になると本当にどうしようもない。
「ほら、これで説明は終わりですから、全員さっさと準備を始めますよ。レギナも、いい加減観念して動いてください」
「うぅ、分かりました。ボクは大人しく、自分の幸運を祈ることにします」
そうして、僕たちはそれぞれ作戦に従って動き始めた。
アクシデントによって予定は早まったが、まだまだ作戦の歯車は噛み合ったままだ。




