第144話 戦禍の足音
翌朝、無事に目を覚ました僕たちはさっと身支度を済ませて、隠し部屋の外に出る。
それから、三階層目以降は他の冒険者たちがいたので、四階層目から出てくるのを見られないようにして移動し、そのままザルカム坑道の外に出た。
太陽の位置から推測するに、今の時間帯は昼前だ。
寝るまでに時間がかかったせいか、起床時刻も随分と遅くなっている。
まぁ昼夜逆転は治せたので、それはひとまず良しとしよう。
「それで、これから向かうのはやっぱり貿易都市ですか?」
「そのつもりです。特に予定を変更する理由もありませんからね」
念のため質問したと思われる葵さんに、僕は歩きながらそう答える。
改めて確認をすると、貿易都市に戻るのは帝国の勇者に関する情報収集のためだ。
帝都に向かってもよかったが、開戦が近づいてきているこの頃は、本拠地である帝都から勇者が移動している可能性が十分にある。
そのため、僕はまだ国境が近い貿易都市で、出来る限りの情報収集をするべきだと判断したのだが‥‥‥
貿易都市に到着して中に入ったところ、何やら辺りの人々の様子がおかしい。
それで少し盗み聞きをしてみると、その原因はすぐに判明した。
「葵さん。どうやら帝国軍の本隊が、今日中にここまで進軍してくるようです。帝国はもう、王国との戦争を始めるつもりですよ」
先日の、戦争が始まるまで多少は時間があるという僕の予想は大外れだ。
勇者などの少数精鋭を動かすならともかく、まさか本隊を何の前触れもなく動かすとは!
「こうなってしまった以上、どうして帝国が進軍を始めたのかはわかりませんが、情報収集は中断してこちらも戦争の準備を始めるしかありませんね」
「‥‥‥その帝国軍の本隊から、勇者の情報収集をするのはダメなんですか?」
「そうしたいのは山々ですが、時間に余裕がありません。僕の考えている作戦では、戦争の前にそれなりの準備を済ませないといけないんですよ」
葵さんの質問に、僕は苦々しい顔をしながらそう答える。
実を言うと、帝国の勇者は戦争のどさくさに紛れて殺す予定なのだ。
少し危険だが、どうせ勇者の情報は現地で[鑑定]を使えば得られる。
優先すべきは準備時間だろう。
「とにかく、今はザルカム坑道に戻りましょう。急いで進めないといけない事が山ほどあります」
そう言って僕は葵さんを促し、ザルカム坑道の隠し部屋へ向けて来た道を戻り始めた。
道中、すれ違った冒険者には胡乱な目で見られたが、今はそれどころではない。
四階層目に入るところさえ見られなければ許容範囲内だ。
そうして、隠し部屋に戻った僕は、指示を飛ばしてレギナをこの場に呼び出す。
この戦争に関する作戦には、蜘蛛たちの力も大いに活用する予定だ。
それ故に、レギナにもきちんと話を聞いてもらう必要がある。
「で、ボクに話ってなんです主様。またご飯が貰える話ですか?」
「運が良ければですがね。君の食事になる人間が大量に死ぬ、王国と帝国の戦争の話ですよ」
事情を把握していないレギナに、僕はひとまずそう言葉を返す。
取り敢えず、最初に説明するべきなのは‥‥‥戦争の舞台となる、埋魂の荒野についてだ。




