第142話 劣等感
ガラガラと、何かが崩れる音が辺りに響き渡る。
そこで、何が起きたのか確かめるべく周囲を見てみれば、広間の奥にある壁の一部が盛大に崩れ去っており、そこに新たな通路が開通していた。
どうやら、クリスタルゴーレムを倒した事によって、何らかの隠蔽措置が解除されたらしい。
それで、僕たちはザルカム坑道を制圧するためにも、ダンジョンコアを探しにその先へと進んだ。
「‥‥‥思った通り、あのクリスタルゴーレムが最後の砦だったみたいですね」
隠し通路の先にたどり着き、僕はそう言葉を漏らす。
目に映っていたのは、随分と既視感のある光景だ。
学校の教室ぐらいの広さで、真向かいにダンジョンコアが埋まっている部屋。
魔力属性が地属性だからか、ダンジョンコアの色は琥珀色になっている。
ともかく、このダンジョンコアに触れて精神的な戦いに勝利すれば、ザルカム坑道の制圧は完了だ。
「それでは、これから僕はこのダンジョンの制圧を始めます。あの時のように、少しの間意識を失うと思いますが、その間は僕の身体を任せましたよ」
「はい。敵はもういないと思いますけど、努君にはネズミ一匹近づけさせません。努君もダンジョンとの戦い、頑張ってくださいね」
僕はそんな葵さんの言葉に、軽く頷いて返事をする。
それから、意識を失っても大丈夫なように壁にもたれかかって、僕はそっとダンジョンコアに触れた。
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西村騎士
彼は、ずっと名前に劣等感を抱いていた人間でした。
その騎士という名前を、色々な人に馬鹿にされていたとか。
親のせいで、不憫なことですね。
それにしても、彼は思い込みが激しすぎました。
学校の成績が悪いのも、運動神経が悪いのも、仕事が上手くいかないのも、好きな人に振られたのも、全部名前のせいにして。
ほとんどは、彼自身の努力不足が原因だというのに。
そんな彼は、三百年ほど前に勇者としてこの世界に召喚されました。
彼は最初、この召喚を不幸だと思いまた自分の名前を呪いましたが、英雄になれると知りすぐに喜んで戦い始めたそうです。
浅はかというか、単純というか。
でも、その人柄は相変わらずです。
勇者としての力に酔って、地道な訓練は全くやらない。
都合の悪い事は名前のせいにして、何か注意されても全く反省しない。
それでも勇者ですから、戦争の時は前線に出されてそれなりに働きました。
歴代の勇者に比べればちっぽけな活躍でしたが、一般の兵士に比べれば十分な活躍です。
それで暫しの間、彼は望み通り英雄気分を味わえました。
しかし、戦争も終わって時間が経てば、そんな英雄ももう用済みです。
金を握らされ、半ば強制的に王城を追い出されて、彼はようやく失ったものに気づきました。
手軽で美味しい様々な食事、すぐに欲しい情報が手に入るインターネット端末、家電に囲まれた便利な生活。
それから‥‥‥良好な関係ではなかったとはいえ、一応は血の繋がった家族。
一度は召喚を喜んだ身分ですから、今度は易々と責任転嫁も出来ません。
そうして、失ったものに苦しんでいた彼に、アルスリア神は啓示を与えました。
ザルカム坑道に向かい、琥珀色の宝石に触れなさいと。
彼は導かれるままにザルカム坑道へ向かい、内部に侵入して、琥珀色の宝石に触れました。
その瞬間から、彼はワタシに罪悪の鎖によって繋がれ、ダンジョンマスターとして生きる事になったのです。
よかったですね。
もう、劣等感を覚える事はありません。
だから、これからも彼を使って、ワタシはもっと魂を喰らいたかったのに。
魔石に釣られた人間どもを、殺して、殺して、殺して続けて。
それなのに、こんなところで‥‥‥
ああ、かわいそうなワタシ。
安らかに眠る。




