第138話 交易都市
森の中を歩き続けて、かれこれ一時間が経った頃。
もうすっかり空が明るくなってきた時に、僕たちは交易都市ガルムンドに到着した。
交易都市というだけの事はあり、人の出入りが今まで見てきた街よりもかなり多い。
そのためか、僕たちのような軽装の人は特に検問を受ける事なく、すんなり都市の中に入る事が出来た。
「なんだか拍子抜けですね。王都では一人一人検問を受けてたので、ちょっと身構えてたんですけど」
「恐らくですが、人の出入りが多すぎていちいち検査している暇がないんでしょう。代わりに、積み荷のある馬車などの検査は、結構しっかりやってるみたいですよ?」
「‥‥‥あ、本当ですね。確かに、あれは厳しそうです」
僕が視線で示した検問を受けている馬車を見て、葵さんは少しぼーっとしてからそう返事をする。
どうやら、眠気にでも襲われているようだ。
流石に、そろそろ疲労が限界らしい。
それで、僕たちは当初の予定通り休息を求めて適当な宿屋を訪れると、二人部屋を借りてすぐさまその部屋のベットに飛び込んだ。
「すっかり昼夜逆転の生活になりそうですが、夜にこっそり活動する事が多い以上、こればかりは致し方ありませんね。ひとまず、今日はお疲れ様でした、葵さん」
「はい、努君‥‥‥おやすみなさい、いい夢を」
そんな会話を最後に、僕と葵さんはそれぞれのベットで眠りにつくのだった。
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僕が眠りについてから、おおよそ五時間後のこと。
グリフォンに乗った経験があったり、スキル[不眠]があったりしたおかげか、僕は葵さんよりも早くに起床した。
部屋の中から外の様子を見てみれば、太陽がずいぶんと高い位置にある。
それから推測するに、今の時間帯は昼過ぎといったところか。
まだ葵さんが起きるまで時間があるだろうと考えた僕は、身支度を済ませると一足先に情報収集を始める事にした。
情報収集の方法は、例の如く聴力強化を活用した盗み聞きだ。
僕は交易によって賑わうこの都市を歩き回り、あちこちで行われている立ち話を盗み聞いて、様々な情報を手当たり次第集めていく。
その結果、帝国の勇者に関する情報は得られなかったものの、有意義な情報を主に二つ得ることが出来た。
一つ目の情報は、この都市の近くにダンジョンがあるというものだ。
今は詳述しないが、なんでもあの僕たちが通った森の中に、魔石が採れる鉱山ダンジョンがあるとのことらしい。
また同じように出来るとは限らないが、そのダンジョンもレイヴ洞窟と同じように乗っ取れれば、それを帝国での活動における一大拠点に出来るだろう。
またグリフォンで自分のダンジョンへ帰るのには時間がかかるし、そこを制圧しに行ってみる価値は大いにある。
このダンジョンに関しては、また後で葵さんと一緒に行ってみるつもりだ。
それから二つ目は、帝国にてどれだけ王国の話が広まっているのかという情報だ。
インターネット等がないこの世界は、情報の伝達にはそれなりに時間がかかる。
それで、僕は王国で自分が引き起こした勇者と大司教の死亡事件が、ここでは広まっているかを確認しておきたかったのだ。
何せ、王国の勇者と大司教が死んだ事が既に帝国に伝わってしまっていれば、それを好機と捉えた帝国がすぐさま戦争を始めてしまう可能性がある。
別に特段困ることがあるわけでもないが、戦争が始まるタイミングは掴んでおきたかった。
そんな訳で、肝心の手に入った情報について話すのだが、交易都市の人々が話していた王国に関する情報は、最も新しいものでも「大司教がドワルドを訪れるらしい」といったものだけで、彼が死んだらしいという話は一切語られていなかった。
この分だと、恐らく勇者と大司教の死に関する情報は、帝国にはまだ伝わっていないのだろう。
王国と帝国の戦争が始まるまでには、まだ少しばかり時間がありそうだ。
そうしてかすかに安堵した僕は、一旦宿の部屋に戻ることにした。
戦争が始まる前に、出来る限りの準備をしなければならない。




