第133話 確認事項
「あ、やっと起きたんですね努君。体の調子は大丈夫そうですか? どこか、まだ痛むところはありませんか?」
「問題ありません。おかげ様で、もう怪我の方は大丈夫ですよ。葵さんが光魔法で治してくれたんでしょう? また心配をかけさせてしまって、申し訳ありません」
隠し部屋の中に来た葵さんに向かって、僕は素直にそう謝る。
考えてみれば、葵さんにはいずれにしろ思考を読まれるので、こうする以外に選択肢などなかった。
「いいですよ。私だって思い返すと、一歩間違えれば努君みたいに危険な目に遭う可能性はいくらでもありました。あの時はたまたま、努君の方が運が悪かっただけです。今後、私の方が心配をかけさせるかもしれませんし、お互い様ですよ」
「そう言ってもらえると助かります。とはいえ、今回の件は僕の情報収集不足のせいでもありますから、そこは反省しないといけませんね」
あの時、僕が通信魔道具なる道具を大司教が持っていると知っていれば、大司教がレイヴ洞窟へ早々に侵入して来ている可能性も、少しは予想できたと思うのだが。
過ぎたことではあるが、大司教に対する調査不足が悔やまれる。
まぁ、王城内部での活動はもう終わったわけだし、今はこれについて考えるのは一旦やめておこう。
今はそれよりも、優先して考えなければならない事が山ほどある。
「では早速で悪いんですが、そろそろお互いの情報共有でもしましょうか。のんびり感慨にふけっている場合じゃありませんしね」
僕はそう言って気持ちを切り替えると、今度はお互いに起こった事についての情報共有を始める。
僕の方は、予想外の大司教との戦闘と、機械的な声が話した新情報について詳しく説明し。
葵さんの方からは、僕が意識を失ってからのあれこれについてを色々と話してもらった。
その話によると、僕はなんと丸々二日間も寝ていたらしい。
本当に弱っていたのだろうが、こんなに長く寝たのは初めてだ。
「それで、葵さんの[啓示]対策についてですが‥‥‥正直、これに関しては防ぎようがないので、お互いに注意し続けるぐらいの事しか出来なさそうですね。一応、僕は実際に体験したので、どういう風に洗脳されるのかは分かるんですが」
「私が[啓示]を聞いてから、努君にどうにかして助けを求められたらいいんですけど‥‥‥[啓示]を聞いた時点で、もう自分の意思では動けなさそうですもんね」
諦めに近いそんな話し合いを経て、葵さんの[啓示]対策の内容はおおよそ決定した。
基本的には、僕が葵さんの様子がおかしくなったら、その行動を無理やりにでも止めさせる。
可能ならば、葵さんは[啓示]が聞こえた瞬間に、僕に助けを求めるという方針だ。
声が出せなかった場合、葵さんには薬指を立てて合図してもらう。
今の僕たちができる、神の技への事前対策はこの程度のものだ。
「それでは、僕もいい加減この部屋から出ましょうかね。十階層目の広間が、一体どうなっているのかも気になりますし」
ひとまず、葵さんと話し合いたい事はあらかた話し終えた僕は、そう言うと隠し部屋の出口へ向かって歩き出す。
葵さんの話によると、レギナは勇者の死体を片っ端から食べていたそうだが‥‥‥彼女の産卵場所になっている十階層目の広間は、果たしてどうなってしまっているのやら。
恐る恐る隠し部屋を出てみれば、なんというか、ある意味想像通りの景色が広がっていた。
広間の床、壁、天井に、通り道を除いて一切の隙間なく、びっしりと蜘蛛の卵が植え付けられている。
ヘルヘイムトレントを食べさせた召喚当初の時とは、比べ物にならない数の多さだ。
そして、そんな卵だらけの広間の中で、レギナは数匹の蜘蛛たちと一緒に卵の手入れをしていた。
「おや、ようやく起きられたんですね主様。見てくださいよ、この壮観な光景! この分なら、主様のご期待に添えるような蜘蛛ちゃんたちの軍勢も、本当にすぐ揃っちゃいそうですね!」
レギナは僕に気づくと、満面の笑みで無邪気にそう話す。
同感ではあったが、僕の顔に浮かんだのは満面の笑みではなく苦笑いだった。




