第125話 お話
裾が上げられ、いくらか動きやすそうになった白い神官服を身に纏い。
こぶし大の大きさの魔石が先端にはめ込まれた、金色の杖を持って。
大司教エルヴィス・ラムドは、行く手を塞がれた僕の目の前に、五人の神官たちを伴ってすぐに現れた。
恐らくは大司教が出したであろうあの輝く鎖は、いつの間にか消滅している。
やれやれ、僕に聞きたい事があると言っていたが、一体どういうつもりなのやら。
「さて、篠宮努よ。まさかここまで来て、言い逃れが出来るとは思っていないじゃろう。言え、何が目的で勇者たちを殺した? 誰の意思でこんな事をやっている?」
「僕に、その質問に答える義務があるとでも?」
「義務はなくとも、答える価値はあるじゃろう。時間が欲しいのじゃろう? お仲間が助けに来るまでの時間が。それとも、お喋りの時間はもう終わりにして戦いを始めたいのか?」
大司教は力強い眼でこちらを見て、僕に向かってそう問いかけた。
僕が時間を稼ぎたがっている事まで理解して、対話を持ちかけつつ脅すとは、中々いい性格をしている。
気に食わないが、ここは大司教の話に乗らざるを得ないだろう。
情報よりも、自分の命の方が遥かに大切だ。
少しでも生き残る確率を上げられるのなら、話などいくらでもしてやる。
「‥‥‥いいでしょう。それで、何から話せば?」
「誰の意思でこんな事をしているか、からじゃ」
「そうですね、勇者を殺したのが誰の意思かと言えば、それは‥‥‥」
ここで、僕は時間稼ぎも兼ねて少し悩む素振りを見せる。
苦労して聞き出した情報ほど、信用出来る情報だと普通の人間は思うからだ。
そして――
「どうした、早く言え。そうあからさまな時間稼ぎは許さんぞ?」
「‥‥‥帝国の意思ですよ。帝国でも勇者が召喚されたという噂は、聞いたことがあるでしょう? 僕は本当はダンジョンではなく、帝国で勇者として召喚されたんです。それで、偶然知り合いだった王国の勇者たちの中に、スパイとして送りこまれたんですよ」
苦しい顔をしながら、僕は平気で嘘を吐く。
何、本当のことを話せと言われたわけではないのだ。
辻褄さえ合えばいい。
むしろ、「元の世界の神様に命令されて、魂を取り戻すためにこの世界で勇者を殺しました」なんて言い分の方がよっぽど嘘臭い気がするし。
「ふむ、なるほどの。では、どうやってお主は魔物たちとトラップを操っているんじゃ? 九階層目の惨状は、神官の一人から通信魔道具を使って伝えてもらった。国宝級の貴重品じゃったが、持たせて正解だったの」
なるほど、それで色々と情報が伝わっていたのか。
しかしそれはそうとしてこの質問にはどう答えたものか。
辻褄合わせが難しい。
「それで、質問の答えはなんじゃ?」
「‥‥‥ひとえに、僕のスキルのおかげですよ。僕は、他の勇者たちと同様に特殊なスキルを持っています。僕が得たのは[迷宮支配]という、ダンジョン内の魔物とトラップを自在に操れるスキルでした」
またも僕は悩む素振りを挟みながら、そうやってなんとか嘘を吐く。
「ふむふむ、そうか。真偽のほどはともかく、確かに矛盾した説明はないの。‥‥‥じゃが、お話は取り敢えずこれだけにしておこう。まだ聞きたい事はあるが、これ以上時間を使うとお主のお仲間が本当に到着してしまいそうじゃからな。残りの話は、お主を叩きのめしてからでも十分じゃろう」
そう言い終わると、大司教は持っている杖を掲げ何やら集中し始める。
明らかに魔法の発動準備だ。
流石に、このまま真偽の怪しいお話だけで時間を使い続けてくれるほど、甘い相手ではなかったらしい。
だがまぁ、少しは時間を使わせられた。
あとは、これから始まる本当の正念場をどう乗り切るかだ。




