第121話 終演
「一体どうなってるんだ? 魔物どころか、鼠一匹すら出てこないとは」
先頭を進むウォルス団長は、レイヴ洞窟があまりに静かだからかそう呟く。
他の勇者たちや神官たちもこれには同意のようで、周りを見ると皆実に不思議そうな顔をしていた。
どうしてこんな事になったかと言えば、僕が体の操縦を【俺】に任せる一方で、裏でダンジョンマスターとして色々と指示を出したからだ。
今は蜘蛛の指揮系統の頂点であるアラクネのレギナに指示を出して、蜘蛛たちを上の階層から撤退させ。
トラップの発動条件を自動から任意に変更して、調査隊が一切攻撃されないようにしている。
個々の基礎能力が高い勇者たちには、チマチマ攻撃しても大して意味がないだろうと判断しての事だ。
僕が仕掛けるまで、少しでも油断させたいという狙いもある。
また、今レイヴ洞窟にいる魔物たちと葵さんには、九階層目で順次奇襲の準備も進めてもらっていた。
魔物ではないため葵さんには直接指示を出せないが、レギナに僕の指示を話してもらうことで、なんとか彼女にも細かい段取りを伝えている。
結果論だが、人の言葉を話せる上位魔物を召喚しておいて本当によかった。
さて、そんな風に僕が色々と準備を進めている一方。
調査隊の方もおっかなびっくりではあるが、順調にレイヴ洞窟の中を進んでいた。
警戒して慎重に進んでいるとはいえ、トラップも魔物の襲撃もないとあれば、流石にその進行速度は相当に速い。
僕が裏で指示を出していた奇襲の準備が終わる頃には、調査隊はもう九階層目の手前にいた。
「うおっ! なんだこの白い糸は‥‥‥まさか、蜘蛛の糸か? それにしてはやけに太いが」
そして、九階層目に最初に足を踏み入れたウォルス団長は、何を見たのかそう驚く。
続いて僕たちも九階層目に侵入すると、そこには辺り一面に太い蜘蛛の糸が散乱した、異様な洞窟空間が広がっていた。
勿論、僕が指示してやらせたことなのだが、歩く度に蜘蛛の糸が足の裏にくっついてかなり動きづらい。
気休め程度ではあるが、勇者たちの足止めに多少なりとも効果があることを期待しよう。
そうして、僕たちが蜘蛛の糸に難儀しながらも進んでいると、前方に何かが見えてきた。
目を凝らして見ると、それの正体が倒れこんだ人間だと分かる。
さらに近づいてみれば、その顔が判別出来た。
前方で倒れこんでいた人間は、葵さんだった。
「葵さん!」
「待て、罠かもしれんぞ!」
飛び出す僕を、ウォルス団長がそう言いながら止めようとするがもう遅い。
僕は伸ばされた手を振り払うと、あっという間に葵さんのところまでたどり着き、その体を両手で抱き起こした。
「ん‥‥‥あ、あれ? 努君?」
「うん、俺だよ。よかった‥‥‥生きてて、本当によかった」
そんな風に、僕が葵さんと【俺】に演技をしてもらっていると、僕が襲われていないことから罠はないだろうと判断した他の人たちが、どんどんこっちの方に近づいてくる。
狙い通り、計画通りに。
そうして、調査隊の先頭であるウォルス団長は僕たちのすぐそばにまで来た。
「篠宮、気持ちは分かるが隊列を無視して急に飛び出すな。五十嵐を助け出せたとして、お前が罠で死んでしまったら本末転倒だろう」
「‥‥‥すみません」
「ああ。以後、こんな真似は絶対にするなよ。それで、五十嵐の方はどうだ? 体の調子は問題なさそうか?」
「はい、問題ありません。何せ――」
僕はウォルス団長が葵さんと話している間に、全身身体強化と無属性のエンチャントボディーを発動させる。
そして、すっかり油断して隙だらけになっているウォルス団長の首を、僕はリビングソードで素早く断ち切った。
「――最初から、気絶なんてしていませんでしたから」
目の前で生首が落ち、血が飛んでくる中、葵さんは笑顔でそう話し切る。
こうして、僕たちの王国での演劇は終演を迎えた。




