第119話 感情論
僕が葵さんを拉致するという、自作自演を行った翌日の朝。
一人で朝食を食べに向かう僕に、気まずそうにしながらも話しかけてくれたクラスメイトや、親切な騎士団の人の話によって、僕は葵さんがあの後どのような行動をしたのかおおよそ知ることが出来た。
どうやら、あの後葵さんはドワルド方面にある城壁へと向かうと、常人離れした身体能力による跳躍と光魔法《障壁》による空中での足場作製を繰り返して、城壁を登りきってしまったらしい。
その後は、偶然居合わせた城壁の上の不運な兵士を一人ナイフで斬殺してから、王都の外へと飛び降りてドワルドの方へと消えていったそうだ。
なんというか、色々な意味で葵さんの成長を感じる内容だ。
光魔法といい、ナイフ捌きといい、実戦でもその技術を遺憾なく発揮している事が分かる。
この調子ならば、騎士団の追跡部隊に捕まるような事はまずないだろう。
‥‥‥それから、しばらく時間が経った夕暮れ頃。
ドワルドから来たという使者によって、さらに次のような情報が王城に知らされた。
異変が起きたレイヴ洞窟には元A級冒険者を含む人員を送り込んだが、結局誰も帰還せずに手がつけられない状態になってること。
暗い赤色の外套を着た何者かが、若い女を担いだまま封鎖を強引に突破してレイヴ洞窟に侵入したこと。
このような状況のため、ドワルドの町長は王都に支援を要請していること、などなど。
簡単にまとめると、ざっとこんな感じの内容だ。
葵さんは無事、痕跡を残しつつもレイヴ洞窟に侵入出来たらしい。
自身の仕事をきっちりと果たしてくれたわけだ。
となれば、次は【俺】が役目を果たす番だろう。
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「絶対に、俺たちはドワルドに行くべきだ」
勇者組の皆と、ウォルス団長が一堂に会した王城の会議室にて。
急遽行われた、ドワルドの支援に勇者が行くべきかという話し合いで、俺は頑なにそう主張する。
俺の今回の目的は、基本的には理論的に、時には感情的に話を展開することによって皆を煽り、勇者組をレイヴ洞窟へと向かわせることだ。
この話し合いにおいて、それ以外の結末は俺に許されない。
「もし、またレイヴ洞窟に強大な魔物が出てきたらどうするつもりなの? 前は神岡君と葵さんとあなたが率先して戦ってくれたからよかったけれど、今はその内二人もいないじゃない。あの時みたいにはいかないかもしれないわ」
そう俺に懸念を伝えるのは、地球世界で担任だった九重先生だ。
厳しい発言だが、勇者となった教え子たちを心配しているのが垣間見える。
だが、生憎俺にとってそれは不都合な発言だ。
「あの時は、皆軽いパニックになっていて戦いどころじゃなかったから、結果として俺含め三人しか戦えなかっただけだ。実戦経験も積んだ今なら、むしろあの時より上手く戦える。皆もそう思うだろ?」
そんな俺の呼びかけに対する、皆の反応は残念ながらまちまちだ。
声を上げて同意する人や無言で頷く人もいれば、一切無反応の人やそうだろうかと首をかしげる人までいる。
自分でやった事とはいえ、士気が低すぎるせいか勢いでは皆を動かせないようだ。
やはり、外堀から埋めていくしかない。
「ウォルス団長も、出来れば俺たちにドワルドへ向かって欲しいのでは? 帝国との戦争間近で、騎士団の人手が足りないのは相変わらずのはず。とても余裕があるとは思えませんが」
「‥‥‥確かに、正直なところその通りだ。元A級冒険者すらも餌食にしたダンジョンを攻略できるような人員を出す余裕は、今の騎士団にはない。騎士団以外にも軍団は存在するが、どこも似たようなものだろう」
ウォルス団長は渋い顔をしながらも、俺の質問にそう答える。
予想通り、期待通りの回答だ。
「つまり、もし俺たちがレイヴ洞窟に行かなかったら、戦争が終わるまで誰も葵さんを助けに行かない事になるわけだ」
「それは――」
「皆は本当にそれでいいのか。例えもう死んでいるかもしれないとしても、危険な目に遭うかもしれないとしても、仲間を助け出せる可能性を捨てていいのか!?」
途中何かを喋ろうとしたウォルス団長を遮って、俺は大声でそう訴える。
何の理屈も存在しないが、間違っているとは言えない感情論を。
こんな演技をするよう俺に伝えた【僕】は、こんな事を言っていた。
『きっと皆は普通で優しいですから、この意見に反論なんて口が裂けても出来ないでしょうね。一人の人間に「恋人の救出を諦めろ」と宣告をするのと同義ですよ、それは』と。
実際、その後俺が興奮しすぎたと謝罪するまで、口を開く者は誰一人としていなかった。
息苦しさを感じさせるほど重い空気が、会議室に充満していた。




