第118話 すり替わり
「いやはや、分かってはいましたがお互いひどい恰好ですね」
「全くです。努君はフードがあったからまだいいですけど、私は髪まで藁まみれで大変ですよ」
日がほぼ沈み、すっかり暗くなってきた王都にて。
あの後藁山から脱出してまた路地に戻った僕と葵さんは、全身にひっついた藁をはらいながらそう言葉を交わしていた。
葵さんは藁山に突っ込んだときに口に藁が入ってしまったらしく、それに加えて今話していた髪のこともあってか少し口を尖らせている。
仕方がなかったとはいえ申し訳ない。
「まぁまぁ、今は時間がありませんからさっさと準備を済ませましょう。藁をはらい終わったら、葵さんはこの外套を着てバンダナを口に巻いてください。僕はコピースライムの準備をしておきます」
そう言って、僕は葵さんに自分がさっきまで着ていた暗い赤色の外套と黒いバンダナを手渡すと、今度はポーチからコピースライムを、背嚢から葵さんの服を取り出す。
そして、それらの物品を一緒に地面に置くと、その服を着ながら葵さんの姿に変化するようにとコピースライムに指示を出した。
すると、事前に葵さんの髪の毛を与えておいたコピースライムは、服の中に入りながらみるみるうちに姿を変え、あっという間に葵さんの姿に変化してみせる。
相変わらず、見た目に関しては完璧なコピーだ。
ちなみに、実はこのコピースライムには神岡の髪の毛も既に与えており、神岡の姿にも変化出来るようになっている。
「努君、こっちの着替えはもう終わりましたけど、そっちの方はどうですか?」
「問題ないです。服もちゃんと着れてますし、全然大丈夫そうですね。では、あとは打ち合わせ通りに進めましょうか」
「了解です。お互い、上手くいくといいですね」
「ええ。僕も、自分自身に作戦の成功を祈っておきますよ。生憎、神様はあてになりませんからね」
そう言って、僕はさっきまでの自分と全く同じ格好になった葵さんが、葵さんの姿をしたコピースライムを背負って路地の暗闇に消えていくのを見送った。
こうして、自身の拉致事件の犯人とすり替わった葵さんには、レイヴ洞窟に向かってもらう手はずだ。
度を過ぎない程度に、自身の痕跡を残してもらいながら。
僕は、騎士団に[五十嵐葵を拉致した犯人はレイヴ洞窟に逃げ込んだ]と認識してもらいたいのだ。
‥‥‥まぁ、それはさておき僕もそろそろ急がなくては。
寝込んでいるという体にはしてあるが、もし誰かが僕のことを訪ねていて、ずっと返事がなかったら流石に不審に思うだろう。
出来るだけ早くに自分の部屋に戻らなくてはならない。
それで、僕は隠密のために闇属性のエンチャントボディーを発動させると、王城へと歩みを進めた。
帰り道はいつもと同じ、バルコニーからの侵入ルートだ。
特に捻りはない。
それでも以前は、王城の壁を登ってバルコニーから中に入るときも、そこから目的の部屋まで移動するときも、相当衛兵に注意を払わなければならなかったが、今回は闇属性のエンチャントボディーのおかげで、随分楽をしてバレずに自分の部屋に戻る事が出来た。
あとは、明日が来るのを寝て待つのみだ。
よっぽどの事がない限りは、明日体調不良が治って起きてきたという体の僕に、誰かが昨日葵さんに何があったかを伝えるだろう。
即ち、葵さんが拉致されたと。
それを聞いて、僕は【俺】にこう言わせてやるのだ。
「そんな‥‥‥それなら、早く助けに行かないと!」とね。




